動物送粉
Zoophily

動物媒花

動物媒花は基本的に以下の4段階を経ることによって、動物による送粉・受粉を行っている。

誘引 (attraction、広告 advertisement)
目的の動物に存在を気づかせ、おびき寄せる。
報酬 (reward)
訪花した動物に食物など (蜜や花粉) を与える。この段階を省いてしまう (つまり動物を騙す) 花もあり、騙し送粉 (deceit pollination) とよばれる。
選別 (selection)
特定の動物以外が訪花したり報酬を受け取るのを防ぐ。
制御 (control)
訪花した動物が効率よく送粉・受粉するように、動物の行動をコントロールする。

このような段階を経ることによって、花は送扮する動物 (送粉者 pollinator) と密接に関わっている。これら段階のさまざまな多様性によって、花は多様性を獲得してきたと同時に、送粉者の進化にも大きな影響を与えてきた。花と送粉者は緩い関係ではあるが、"共進化"してきた生物である。

誘引

動物に対して花の存在を知らせるために、動物媒花は視覚 (花の形・色・模様) と嗅覚 (匂い) に対する信号を用いている。またこれに加えて、熱 (暖かさ) という信号も誘引 (および報酬) のために使われていることが最近になって知られてきた。フクジュソウ (キンポウゲ科) など寒冷地や早春の花では、太陽光を集め、花が温度を上げることによって昆虫を引き寄せるものがあるらしい。

視覚による誘引

動物媒花は訪花動物にとって (人にとってではない) 目立つ色や形、模様をもっていることが多い。また花が葉や茎に遮られないように花を枝先につけたり、春先に葉が展開する前に開花するものがある。動物を誘引するための器官としては、花弁が使われることが多いが、その他にもさまざまな器官が使われる例がある。

花の集合 (花序) による誘引
個々の花が小さいものでは、たくさんの花が集合して誘引の効果を高めていることが多い。セリ科やキク科、シロツメクサ (マメ科) などが好例。また花序の中で、特定の花 (特に周縁の花) が大きく目立つようになることによって、全体の視認性を高めているものも多い。例えばヒマワリ (キク科) やヤブデマリ (スイカズラ科) では周縁の花の花弁が大きくなることで、ガクアジサイ (アジサイ科) では周縁の花の萼片が大きくなることで花序を目立たせている。このような花は生殖能を失い、広告塔としての役割だけになっていることが多い (装飾花)。
花序の総苞片による誘引
前記の例と同様に、小さな花が密集しているが、その花序の総苞片が大きく目立つ色・形・模様をしているもの。ドクダミ (ドクダミ科) 、ハナミズキ (ミズキ科) 、ミズバショウ (サトイモ科) などがよく知られている。
花弁による誘引
花弁が目立つ色・形・模様をしているもので、最も普通に見られる。蜜の在処を訪花者に知らせる目印をもつものも多く、この目印を蜜標という。
萼片による誘引
萼片が目立つ色・形・模様をしているもので、花弁は退化もしくは蜜腺になってしまっているもの。キンポウゲ科のトリカブトやクリスマスローズなどに見られる。
花被片による誘引
花弁と萼片が分化していない花では、内外花被片とも目立つ色・形・模様をしているものが多い。モクレン (モクレン科) 、サボテン (サボテン科) 、ユリ (ユリ科) などに見られる。
雄しべによる誘引
花被 (花弁・萼片) が退化的か欠失しており、雄しべの花糸が大きく目立つ色をしているもの。センリョウ (センリョウ科) やカラマツソウ (キンポウゲ科) 、ネムノキ (マメ科) などに見られる。

嗅覚による誘引

花はさまざまな代謝系の産物として、匂いのもととなる物質 (揮発性の有機物) を生産し、視覚的な信号と共に訪花動物を引き寄せる働きをしている。視覚より嗅覚が発達した動物 (甲虫、ハエ、ガ、コウモリなど) を誘引する花では、匂いは視覚的信号より重要な役割を果たしていると思われる。

報酬

訪花動物 (送粉者) が花を訪れるのは、花が食料などの利点を提供してくれるからである。花の中には送粉者に蜜や花粉以外の利点を与えるものもあり、また何も与えない (騙す) 花もある。

花粉 (pollen)
花粉は本来、生殖のための重要な構造であるが、栄養価に富むためさまざまな動物が利用する。報酬として花粉だけを送粉者に与える花を花粉花 (pollen flower) とよぶ。花粉は花に本来備わっている構造なので、蜜腺など余計な構造をつくる必要は無く、また花粉を食べる行動中に花粉が送粉者の体に付く確率は高い。しかし花粉を全て食べられてしまったら生殖ができないことになってしまう。そのため花粉花ではふつう大量の花粉をつくり、また雄しべが数多くなっているものが多い (モクレン科、オトギリソウ科、ケシ科やバラ科の一部など) 。また花粉花は液体食に特化した昆虫 (チョウやガ) を利用することができない。さらに雌雄異花の雌花では、花粉をつくらないので送粉者がきてくれない。進化的には、被子植物では花粉を提供する花が原始的であったと考えられており、スイレン (スイレン科) やモクレン (モクレン科) など原始的な種では花粉を報酬とするものが多い。
蜜 (nectar)
蜜は糖分を主とした液体であり、蜜腺 (nectary) という特別な組織から分泌される。蜜腺の場所は花によってさまざまで、雌しべの基部や内部、雄しべの基部、花弁の付け根などがある。報酬として蜜だけを送粉者に与える花を蜜花 (nectar flower) とよぶ。蜜は本来花には必要ない物質なので、余計な投資が必要となるが、花粉花のように余計な花粉をつくる必要が無くなる (ただしある程度保護していないと食べつくされてしまうかもしれない) 。また、チョウやガも利用することが可能であり、送粉者のバリエーションが広がる。しかし蜜のみをとられたら花には利点がないので、送粉者が蜜を吸う過程で送粉・受粉ができるような仕組みが必要になる。また花粉花とは異なり、雌雄異花の花でも蜜腺さえあれば送粉者が来てくれる。
花粉と蜜
花粉と蜜の両方を送粉者に与える花も多い。これらの花は蜜花と花粉花の有利な点・不利な点を兼ね備えていることになる。
匂い
特殊な例であるが、花の匂い成分が送粉者に対する報酬となる場合がある。南米産のシタバチ類 (euglossine bee, orchid bee) のオスは、ある種のラン (バケツラン) の花が分泌する匂い成分 (テルペン類) を前肢の毛でこすり取り、後肢の膨らんだ勁節に貯め込む。シタバチ類のオスはこの匂いを生殖行動に利用しているらしい。ランの種類によって匂い物質の組成比は異なり、それによって誘引されるシタバチも種類が異なるらしい。つまり報酬によって厳密な選別 (後述) が行われていることになる。
我々にとって冬のコタツに大きな利点があるのと同様、寒冷な場所ではさまざまな動物にとって熱源は報酬となりうる。早春に咲くフクジュソウ (キンポウゲ科) のように太陽光を集めて花の温度を高くするものもあるし、花自らが発熱することもあるらしい。
生活の場
特に大形の花では、花の上が送粉者の捕食・休息・交尾など行動の場となるが多い。イチジク (クワ科) とイチジクコバチの関係はそれが極度に進んで完全に1対1の関係になったもので、お互いが相手がいないと生存できなくなっている。
騙す (無報酬)
訪花した送粉者に何も報酬を与えない花もある (騙し送粉)。例えばマムシグサ類 (サトイモ科) は匂いでハエなど腐食性の送粉者をひきつけるが、送粉者には何も与えない。それどころか雌期の花では送粉者を閉じこめて殺してしまう。またベゴニア (シュウカイドウ科) は花粉花だが雌雄異花であり、雌雄の形が似ているため、送粉者は花粉をつくらない雌花へも訪れてしまう。さらに特殊な例として、フタバラン属やハンマーオーキッド、ドラゴンオーキッド (ラン科) がある。これらのラン類では、花がある種のハチの雌に似た形をしているため、そのハチの雄が間違えて交尾をしようとする。その過程で花粉の送粉・受粉が成立する。

上記のように花が騙すのとは逆に、花が"騙される"こともある。つまり花は送粉者が送粉・受粉してくれることを期待して報酬を与えているのだが、訪花動物が報酬のみを受け取って送粉・受粉に関与しないこともある。例えば花の膨らみ (距) に蜜を貯める花に来たクマバチやマルハナバチは、花の入り口からではなく距を直接食い破って蜜をとってしまう (盗蜜) ことがある。また口吻が長いスズメガ類には、花 (花粉、柱頭) に触れることなくホバリングしながら蜜を吸ってしまうものもある。このような"騙す・騙される"という関係も花と動物との共進化の一つの側面だろう。

選別

花にとって送粉・受粉は同じ動物にやってもらわなければ意味がない。花はさまざまな方法によって送粉者を選別し、同種の送粉者が来てくれるようにしている。ただし選別が厳しすぎると (1対1の関係) 、片方がいなくなると共倒れになってしまうという不利益がある。多くの花と訪花動物は、実際には緩やかなつながりで生きている。

時期・時間での選別
花はふつう特定の季節・時間帯に咲く。そのためそのときに存在する訪花動物のみが利用できる。例えばマツヨイグサ属 (アカバナ科) の多くは夜に咲くため、夜に活動する動物 (ガなど) しか利用できない。
誘引段階での選別
花の色は多種多様だが、訪花動物は種によって認識できる色はさまざまである。例えばミツバチは赤を感じることはできないが、人には見えない紫外域を見ることができる。このような違いを利用してその花の色を認識できる動物が来ることで、視覚信号レベルでの選別がなされている。また前述のように嗅覚の発達した訪花動物には匂いも誘引に大きな役割を果たしているが、その動物が関知し、好む匂いを出すことによって送粉者の選別が行われている。
報酬によるの選別
訪花動物はグループによって利用できる食物形態が異なる。甲虫類は一般的にかむ口をもっており、花粉を利用するものが多い。一方で鱗翅目 (チョウ・ガ) は吸う口をもっており、液体の食物 (蜜) しか利用できない。このように報酬の種類によって訪花動物を選別することができる。
花の向きによる選別
スミレ (スミレ科) やホタルブクロ (キキョウ科) など横向きや下向きに咲く花から報酬を得るためには、脚力や器用さ、ホバリング能などが必要になる。このような花をつける植物はその能力を持った訪花動物のみを選別することになる。
蜜腺の位置による選別
ナデシコ (ナデシコ科) やサクラソウ (サクラソウ科) のように細長い花筒の奥に蜜腺があったり、スミレ (スミレ科) やオダマキ (キンポウゲ科) のように花被の特別な膨らみ (距) に蜜腺をもつ花は多い。このような場所から蜜を得るためには、花に潜り込む能力や長い口吻が必要になる。つまり花はその構造によって送粉者を選別している。

送粉者の制御

花は訪花した動物に花粉を持ち去ってもらい (送粉) 、運んできた花粉を柱頭で受け止めなければならない (受粉) 。訪花動物がそのような行動をとるように、花はその花被、雄しべ、雌しべの形や構造で動物の行動をうまく制御している。

蜜標
送粉者の体の的確な場所に花粉を付けるためには、送粉者が"正しい"位置・姿勢で花に対してくれなければならない。そのため、花の花被には蜜の在処を示す目印 (蜜標 nectar guide) が付いていることが多い。人の目には感じられなくても、昆虫が認識できる波長の光 (紫外域) では明瞭な印があることが多い (紫外線透過フィルタで撮った花 福原達人先生) 。また視覚的ではなく、匂い (嗅覚刺激) による蜜標も一般的であるらしい。
脚掛け
花 (特に左右相称花) は、都合がいい位置に送粉者が対座してくれるように、花の特定の位置に"脚掛け"がある場合が多い。例えばラン科の花は唇弁が大きく突起があり、昆虫が止まりやすいようになっている。また下向きや横向きに咲く花では、送粉者が入り込みやすいように花冠の内側に毛が生えているものがよく見られる (ホタルブクロ[キキョウ科]など) 。
雄しべ・雌しべの位置
送粉者の体において、花粉が付く位置と、柱頭に接する位置は同じでなければならない。そのため花はふつう送粉者の特定の位置 (背中や腹、頭) に葯や柱頭が接するように雄しべと雌しべが配置されている。例えばシソ科やアヤメ属 (アヤメ科) では蜜を吸いに入り込んできた送粉者の背中に葯や柱頭が接するようになっており、マメ亜科やキケマン属 (ケシ科) の花では送粉者が止まると葯と柱頭が送粉者の腹部に接するようになっている。またチョウ媒花であるツツジ (ツツジ科) やキスゲでは雄しべと雌しべが大きく飛び出しており、上側に湾曲している。この配置によって蜜を吸いに来たチョウの脚や翅に葯や柱頭が接するようになっている。
特殊な仕掛け
花によっては、特殊な仕掛けをもっていて送粉・受粉を果たすものもいる。ラン科の花に潜り込んだ送粉者の背中には柱頭の粘液物質がつき、送粉者が花から出るときにそこに花粉塊がつくようになっている (潜り込むときには付かない) 。花粉塊を付けた送粉者が別の花に潜り込むと背中の花粉塊が柱頭に受け渡されることになる。またアザミ類 (キク科) やミヤコグサ (マメ科) の花に送粉者が止まると、その重みで花粉や柱頭が押し出されるようになっており、自動的に花粉が付着する。