国際交流


 マンチェスターだより   【派遣留学生からのメッセージ】

 2003年9月〜2004年6月派遣留学生

 ・季村奈緒子  マンチェスター大学とその学生

 ・季村奈緒子  マンチェスター大学の位置付け及び生物学部の概要

 ・季村奈緒子  マンチェスターガイド:マンチェスターの文化・娯楽施設

 ・季村奈緒子  マンチェスターから見た日本


・マンチェスタ−大学とその学生

                  季村 奈緒子(2003年9月〜2004年6月留学)

 皮肉にも在学生で知っている人は少なく、マンチェスター大学の正式名称は”The Victorian University of Manchester”であり、UMan (The University of Manchester)、UMIST (the University of Manchester Institute of Science and Technology)、MMU(俗称 ManMet;Manchester Metropolitan University)、School of Music and Drama at the University of Manchester、とUniversity of Salfordの5つの大学から構成されている。筑波大学と図書館情報大学が行ったように、来年にはUManとUMISTが合併し、カリキュラムを共有することが決まっている。この5つの大学はそれぞれの特色を持っており、レベルも区々であるが、不思議に一体感を持っていたり、持っていなかったりするのも特徴である。

 我が生物学類の交換留学先というのは、UManのThe School of Biological Sciences (SBS)である。これは、The School of Medicineと同じ建物を利用している点から推察できるように、医学部との繋がりがかなり強く、英国トップクラスの生物学部として名が知られている。細かく26個の専攻に区分されており、学生のニーズに応えるように、学部レベルからかなり専門的に学ぶ専攻から、広く生物学の全般を捉える専攻まで、また、外国語の習得を交えた、通常3年間のコースに留学のための一年間を追加した4年プログラムの専攻などもある。一年生は、実習(practical)と併設されているいわゆる概論の授業が主となっていて、あとはtutorialといったフレッシュマンセミナーに似て、少人数でプレゼンやエッセイの書き方など、科学者として必要とされる技術・知識を実践的に学ぶ授業からなる。2年次では自分の専攻に沿ったより専門的な授業になり、3年生は卒論のための卒研に専念することになっているようである。講義は一こま50分程度の、9時から5時までの時間割りである。パワーポイントを利用した講義が多いため、それぞれの講義のウェブページがアクセスできる生物学部専用のイントラネットも設備されている。これは利用の仕方によってはなかなか便利であり、事前にスライドをプリントアウトしておけば講義中に必死になってノートをとる必要がなくなる。しかし、忙しい先生は更新の頻度が遅かったりするので、あまり有効的でない講義もある。全体的に見て、ここの学生は真面目で、その一例として、寝心地の悪い枕になりがちなThe Cellを一年生の夏に読破したという人にも出会ってしまった。

 イギリスの教育制度では16歳で義務教育を終え、その後、就職の道を選択しない学生は18歳まで、専門的な教育を受けるカレッジに行くか、Sixth Form Collegeと言って、大学の入学資格となるA levelsの試験に備える勉強をするカレッジに行くのが主流である。ここで日本やアメリカの教育進路と大きく異なるのがgap yearと呼ばれる、海外でのボランティアや、仕事に専念するために名の通り、ギャップをとる一年間の活動である。義務ではないが、自分の進路をより明確なものにするため、お金を貯めるため、人間としての成長を果たすため等といった様々な理由でこのgap yearを利用する学生が多い。外国で経験した色々な話をお互い話し合って知見を広げるとても良い機会になっているように個人的に思う。

 マンチェスターの学生は勉強ばかりしている印象を与えてしまってはいけないので、ここの学生は要領がいいことを付け加えておきたい。中心となるCity Centreから徒歩30分足らずといった大学の立地条件も手伝って、マンチェスターは誘惑の多い街であるとでも言っておこう。イギリス一の安くて賑やかなパブ・クラブ、二つのサッカークラブチーム、いくつもの無料美術館・博物館、数々のショッピングセンターを誇るのがマンチェスターである。ロンドンほど大きくて忙しくなく、物価も他と比べて安いことから、マンチェスターは最高の学生街として知られている。大学はイギリス一のstudent union(学生組合)を持ち、様々なサークルやソサエティの地域と密着したイベントも連日行われている。マンチェスターは学生としての立場をフルに活かし、いつの間にか活かされている環境を提供してくれる。


・マンチェスター大学の位置付け及び生物学部の概要

季村 奈緒子(2003年9月〜2004年6月留学)

Guardian Newspaper Limited 2003, EducationGuardian.co.ukc
                  による大学の総合ランキング(上位20校);
1. Cambridge
2. Oxford
3. London School of Economics
4. School of Oriental & African Studies
5. University College London
6. York
7. Imperial College
8. Nottingham
9. Warwick
10. King’s College London
11. Manchester
12. East Anglia
13. St. Andrews
14. Birmingham
15. Bristol
16. Glasgow
17. Essex
18. Lancaster
19. Southampton
20. Leeds

同じGuardianによる分野別のランキングでは;
Physical Biosciences: 21.Manchester
Medicine: 1.Manchester
Dentistry: 1.Manchester
Pharmacology: 1.Manchester
Business and Management Studies: 1.Manchester, 9.UMIST
Chemical Engineering: 2.UMIST
Theology: 5.Mancester

Times Newspaper Ltd.による2001年のランキングでは;
総合: 15.Manchester
Molecular Biosciences: 16.Manchester
Organismal Biosciences: 3.UMIST, 13.Manchester
Anatomy and Physiology: 5.Manchester
Medicine: 6.Manchester

 上記から伺えるようにマンチェスター大学の医学部は国内トップクラスの評価を受けている。歯学、薬学も同様である。来期のUMISTとの合併によって工学系は更に力をつけ、経営学においては、マンチェスターもUMISTもともに高く評価されている。マンチェスター大学は文系と理系の分野がそれぞれ充実しており、様々の施設・設備も手伝って国内一の応募者数を誇る。学生層では特に人気の高い大学のようである。
 
 私から見た生物学部は、研究者層は言うまでもなく、カリキュラム、学生揃って一流である。カリキュラムは細かく分かれている上に、一年の必修科目には全て実験が併設されている点は実践的に学ぶのには非常に有効と感じている。学生自身の身の回りにおいて応用の効く形で多くの実験が組まれており、例えば血液型の判定はお互いの血液を採取するところから始まり、薬学の実験では実際に薬を服用して自身でその効果の作用を体験する。タンパク質の解析では数種類の魚から試料を用意し、電気泳動の結果が出るまでの段取りを全て自分たちで行う。実験には手引きが配られ、そこに実験方法と確認問題が書かれている。毎回レポートを提出するのではなく、この実験毎の数問に答え、内容の理解を確かめる。講義は全て50分程度であり、週に大体2こまのペースで行われている。パワーポイントの講義がほとんどであり、ウェブ上に講義内容及びその他の参考資料も公開されているのが便利である。一年次の試験は主に四択形式のものがほとんどのようであるが、二年次以降からの論述試験に移る前に知識の基盤が出来ているかを確認するためにそうしていると思われる。講義自体は医学、薬学、心理学や他の科学分野との合同授業が多く、学際的に学べる環境が与えられているのが分かる。

 Tutorialと呼ばれるクラスセミナーに当たる授業では主に、プレゼンテーションの練習が行われる。数人のグループに分かれ、決められたテーマについてパワーポイントなりポスターなりの方法を選んで発表する。Biotechnologyが付く二つの専攻コースや、他に細かく分かれている専攻からも推察できるように、マンチェスター大学の生物学部は学んだ生物学を活用できることに力を注いでいる様子が伺える。

 生物学部では医学に関連した分野は常に注目を浴びているが、敢えて注目の研究分野を挙げるのなら、biochemistryであろう。他にも最近の流行に乗り、neuroscienceも挙げられる。いくつもある専攻コースから、専門を持たないBiologyのコースを選択する一年生の学生が多いが、2年次となると、Biomedical Sciencesが一つの人気専攻になるようである。他にもPsychology & Neuroscienceという生物学と心理学の融合専攻コースがあり、心理学を生物学的なアプローチから眺める試みである。生物学部からは少し離れるが、国内外では珍しい、Art in Medicineといって解剖学に基づいて図の作製や顔の復元などを専門とする分野もある。

 私が個人的に見てきた学生は、差があるものの全体的に真面目である。しかし、いわゆるガリ勉の学生は少ないのが正直な印象である。例えば、毎晩新聞を隅から隅まで読む知見の広い学生でも、週末に限らず、平日でも夜10時過ぎ頃からクラブに行って踊っては、次の朝はまた講義に出席するという様子はそれほど稀ではない。クラブまで行かないにしても、毎晩のように近くのバーで友達と一緒に一杯するのは学生でも普通のことであり、イギリス国民の日常である。遊びの実態は全てが健全とは言い難いが、自分から赴かない限りは薬物使用などの不謹慎な行為に巻き込まれることはない。週末の昼間はシティセンターまで出かけて行ったり、スーパーに行ったり、スポーツをしたり、洗濯物など身の回りのことを済ます人が多い。学期末が近づいてくると、部屋や図書館に閉じこもってレポートとテスト勉強に励む人が一気に増える。マンチェスターの学生はメリハリのある生活を送ることで、容量良く勉強を捗らせているような気がする。先生方もほとんど5時頃になると家路に向かい、家族や趣味に費やす時間をとても大事にしている。のんびりとしたイギリス文化の象徴でありながら、やるべきことはきちんと手際良くこなすところにはやはり頭が上がらない。


・マンチェスターガイド:マンチェスターの文化・娯楽施設

季村 奈緒子(2003年9月〜2004年6月留学)

映画館
・ Odeon Film Centre:大学のあるOxford Road沿いにあり、値段も一番安いので(2ポンドから)学生がよく利用する。
・ AMC Cinemas:Great Northernというモール内の16スクリーンの大型映画館。Deansgateといって、一流のお店が並ぶショッピング・クラブ街の中心に位置する。
・ The Filmworks:20スクリーンを誇り、食事をしながら鑑賞する二人用シートなどの一段上の楽しみも味わえる。レストランやクラブの数々とともにThe Printworks内にある。
・ The Cornerhouse:いわゆるミニシアターで、アートセンスの高い映画を上映する。

美術館・博物館
・ URBIS:体験形式の展示方法を通して、世界中の都市における様々な生活を見て回る。入場料:5ポンド(学生3.50ポンド)
・ Museum of Science & Industry in Manchester:工業科学博物館であり、実際に使われていた鉄道倉庫を改装した建物を利用している。入場無料。
・ Imperial War Museum North:戦争によって人々の生活がどのように影響を受けるかを問う博物館。入場無料。
・ Manchester Museum:エジプト学、地理学、生命科学など様々なテーマを扱った展示が常設されている。大学のキャンパス内に位置する。入場無料。
・ Manchester United Tour & Museum:マンチェスターユナイテッドのホームグランドであるOld Trafford内が見学できる。入場料:5.50ポンド(学生3.75ポンド)
・ Museum of Transport:道路公共交通手段をテーマにしている博物館。入場料:2.50ポンド(学生1.50ポンド)
・ The People’s History Museum:19世紀イギリスにおける労働階級の人々の生活や苦労に注目・専念している。入場料:1ポンド(金曜日無料)
・ Manchester Art Gallery:幅広い年代の美術品を展示。入場無料。
・ Whitworth Art Gallery:大学に近接している小規模な美術館。展示物の入れ替えが頻繁に行われているので、足の運びがいがある。入場無料。
・ Chinese Arts Centre:中国の芸術・文化を展覧会やワークショップなどを通じて人々に公開。入場無料。
・ The Cornerhouse:国際的シネマとヴィジュアルアートの施設。ここのカフェバーも人気。入場無料。

その他
・ Manchester Town Hall:ゴシック調の市役所。
・ Manchester Cathedral:内装は中世後期の木造。コンサート会場としても使用されている。
・ Manchester Central Library:地下には図書館としては珍しい劇場が見られる。
・ John Ryland’s Library:1900年元旦に公開されたヴィクトリアゴシック調の建物。
・ Opera House:演劇やミュージカルを上演。
・ Palace Theatre:Opera Houseと並んで数々の演劇やミュージカルを上演。1891年の建物。
・ Royal Exchange Theatre:1921年に公開された建物とは対照的に劇場は近未来的。マンチェスターで最も名の高いシアター。
・ BBC:BBC Philharmonic Orchestraの定常会場。
・ The Bridgewater Hall:Halle OrchestraとManchester Camerataの定常会場。パイプオルガンも完備。
・ The Lowry:シアターからコンサート、バレーまで幅広く上演する劇場の他に、映画館、美術館と総合的な文化娯楽施設。
・ Comedy Store:イギリス独特のコメディーが生で楽しめるコメディクラブ。
・ Northern Quarter:若いアーティストが集う区域。多数の小ギャラリーや個人経営のお店を誇る。

この他にもいくつもの施設が街中に点在している。毎日歩いている道沿いに新しい発見をするのが一つの楽しみ。

 面積的にはマンチェスターのシティセンターはロンドンと比較にならないが、大都市とは違って味のある施設やお店の数々を内包できる利点を持っている。一流で注目のものを常にアクセス出来る代理に、個性のある自分の趣向に合った文化娯楽が選べる。しかも全て歩ける範囲というのがまた嬉しい。コンサートや演劇は大概、学生料金が設定されているので、お金のない学生でも手軽に文化的な空間に浸ることが出来る。スポーツ好きな人は試合観戦の出来るパブに、ゆっくり会話を楽しみたい人はお気に入りのカフェに、アート好きは数々のギャラリーを見て回るなど、マンチェスターの住人は選択肢が絶えない。観光で来る人にとっては、確かに一見するだけでは穴場はなかなか見つかりにくかったりするが、トラベルガイドに掲載されるような美術館やショッピングセンターを見物するだけでもマンチェスターは充分に楽しめる。
 


・マンチェスターから見た日本

季村 奈緒子(2003年9月〜2004年6月留学)

 Greater Manchesterと定義されるマンチェスター中心部及び比較的広範囲にわたる周辺市町村の人口の約5%が、白人以外の他人種に分類される。ロンドンではこの占める割合が26%まで上ることを考えると、マンチェスターはまだまだ白人社会であるように思うかもしれないが、シティセンターの近辺に在住していれば、決してそうではないことが一目で感じるはずである。マンチェスターには、かつてイギリスの殖民地支配下に置かれていた国々からの移民が多く住んでおり、あらゆる人種の人々が肩を並べて生活している。特にその多さの目立つ人種は、中東・南アジア系移民、カリブ・アフリカ出身者の黒人、そして中国人である。

 イギリスでいう”Asian”は、主に東亜を示すアメリカで用いられる”Asian”とは違い、中東・南アジアの出身者を指す用語として使われている。大学のすぐ南に位置するカレーで有名な区域では、このいわゆる”Asian”が多く住んでおり、およそ10万人の”Asian”がGreater Manchesterに在住している。Asian、黒人と続いて次に多い中国人の人口は約4万人である。これはロンドンに続いて2番目に多い中国人人口であり、それに見合う中華街をシティセンターで目にすることができる。英国全土における日本人の人口というのは約5万人であるが、マンチェスターでの人口はそのほんのわずかに過ぎないと思われる。日本人の大半はロンドンに住んでおり、ロンドン以外となると、ほとんどの日本人は語学学校やその他の教育機関のある地域に点在しているようである。マンチェスターにおいてもほとんどの日本人は学生や、家族連れではなく、単身で仕事をしている人であり、日本人同士が集団となって生活している様子は全く無い。
 
 私はマンチェスターの人々、しかも大学生と限られた大人の方々としか接点がないので、彼らから受けた印象をマンチェスター住民の代表として記述しているが、イギリス人が一概にこうであるような語弊を招いてしまってはいけないので、ここで一言断っておきたい。マンチェスターという街は、ロンドンの人々からすれば「北」の都市であり、日本でいえば「東京と地方都市」の関係に似たニュアンスが存在する。流行に先立つ大都市のロンドンや、オックスフォード・ケンブリッジといった知識層の集まる街とは異なって、ヨーロッパ本土ではマンチェスターを工業都市もしくはマンチェスター・ユナイテッドのホーム・グラウンドとして思い浮かぶ人が多いようである。「文化的」や「教養深い」街としてマンチェスターの名を知る人は決して多くないと思われる。確かに幾つかのデパートとブティックの一つや二つを街で見掛けるものの、すれ違う人々が皆スタイリッシュな人たちばかりというわけではない。また、街を歩いていれば、教授や学生ばかりではなく、地元の少年少女、赤ちゃんを抱えた若いお母さん、様々な業種のおじさんたちなどといった、違う境遇の大勢の人々とすれ違うのである。
 
 個人的な感想として、日本という国は、マンチェスターからはとても遠い存在のように感じる。アメリカと日本という二つの国は、第二次世界大戦終了後から親和的な関係を築いてきている。終戦直後は支配国と敗戦国という立場だったのが、政治面においては、対等に向き合える関係の国家に日本は急速に成長してきた。未だ、日本はアメリカの圧力に尻尾を巻くことが度々あるとは言え、経済大国に上り詰めた事実は誰もが認めるに違いない。この経済効果をもたらしたのは日本特有の「緻密文化」から生まれた電化製品や自動車などであり、これらの製品は世界中で信頼を受け、常に高く評価されている。このことはアメリカ国民も良く知っていることで、日本=サムライ・ゲイシャ・ニンジャの連想時代からの脱出に成功したように思われる。しかし、英国と日本という二つの国の間には、アメリカと日本ほどの密着した歴史が無いためなのか、お互いに理解を深める点が数々残っているように感じる。イギリスは歴史と伝統を誇る国であるというのも追い風となって、東亜に対し、比較的に無関心なところがあるようにも正直、感じる。
 
 マンチェスターのシティセンターに位置するPiccadilly Gardensを代表する建造物に、日本の建築家安藤忠雄氏が設計した「壁」が建っている。しかし、この事実を知るマンチェスター住民は少ない。彼らの性質上、関心を抱かないといっても良いだろう。「その壁は日本人の建築家がデザインしたものよ」、と一言声を掛けて日本のことを知る一つの手掛かりにでもなるのかなと当初は思っていたが、そうでも無いようである。
 マンチェスターの街を歩いていて分かることであるが、東亜は大概”oriental”として一括りにされていることが多い。”Oriental”という単語は、イギリスがかつて世界の中心に君臨していたとされる時代から残る用語で、「東の方向」を意味する言葉なので、アメリカではその他のpolitically correct terms(公平用語)の導入と共に、使用を控える社会傾向が強まった。しかし、ここマンチェスター及び国民レベルにおいても、全体的なそのような公平用語に対する認識度はまだ低いように感じる。用語は別にしても、”Japanese Cuisine”と掲げるレストランに入って、中華料理や韓国料理が共にメニューに記載されていることに少々戸惑いを感じずにはいられないのは、同じ状況に遭遇した人は誰もが一緒ではないだろうか。まとめて”oriental”として宣伝したがるわけに頷くのである。数々存在するマンチェスターのレストランの中には、本格的な日本料理店は未だ探し出せていない。多分マンチェスターには本格的な和食店が無いと、言い切る自信はある。これにはいくつかの理由が考えられて、マンチェスターには本格的な料理を要求する日本人の住民が少ないこと、大概中国人が「和食店」を経営していること、それとマンチェスターの市民がそれほど強く日本料理に興味を持たないことに帰着できる。ある国の食文化を知ることは、その国自体の文化を知る大きなきっかけになる、と私は以前から思っている。マンチェスターに和食店が存在しないことは、どれだけ住民が本当の日本を知らないかを多少は物語っているのではないだろうか。
 ここマンチェスターで出会った人々は皆とても親切な人たちばかりで、人種差別的な偏見を持った人には遭遇していない。しかし、道を歩いていて”Are you Chinese?”、と教会の宣教師に尋ねられ、彼らには私を蔑視するつもりはないのは承知だが、どうしても無意識に白人のイギリス人とは別の目で自分を見ていることが胸の奥に引っかかって考えさせられる。白人ではないという唯一の判断材料から外国人であると決め付けてしまうところが、一部の人たちが持つ閉鎖的な考えを暗示しているように思う。決して外国人に対して偏見を持っているわけではないのだが、「サラダ・ボウル」から「メルティング・ポット(人種のるつぼ)」への変遷途中であることを強く感じる。これは、大学や街で同じ人種同士が集団を作る傾向にある点からも感じ取れる。
 
 ちょうど今、街角のミニーシアターで北野武監督作品の「座頭市」を上映している。少数の日本映画ファンには人気を集めているようである。一般大衆向けに制作された「ラスト・サムライ」も公開された当時は話題に上り、これらのような映画のおかげで、日本文化の独特な風習や習慣が少なからずもマンチェスターの住民に伝わっていると思われる。日本という国はまだまだ「遠い」国であるように感じるが、それは単に国同士の文化交流が少ないからであって、今後発展していくに違いない。日本がどう見られているかという問いかけに、一言では答えられないが、悪く思われているということは全く無く、ただ単純に日本のことがあまり知られていないというのが正直な印象である。