後輩へのメッセージ

第5回(平成20年度)日本学術振興会賞受賞者

鳥居 啓子氏(1986年度の生物学類卒業生。現在、ワシントン大学生物学部アソシエイトプロフェッサー)

 「植物の気孔のパターン形成と分化のメカニズムの解明」
 (Mechanisms of Stomatal Patterning and Differentiation in Plants)
  遺伝学的・分子生物学的解析によって、植物の表皮において気孔が分化する分子メカニズムを明らかにした。
専門分野  植物発生遺伝学、植物分子生物学
略歴
 1987年  筑波大学第二学群生物学類卒
 1989年  筑波大学大学院生物科学研究科修士課程修了
 1992年  日本学術振興会特別研究員-DC(1993年からPD)
 1993年  筑波大学大学院生物科学研究科博士課程修了
 1993年  博士(理学)の学位取得(筑波大学)
 1993年  東京大学遺伝子実験施設
 1994年  イェール大学分子細胞発生学部ブラウン博士研究員
 1995年  日本学術振興会海外特別研究員
 1997年  ミシガン大学生物学部博士研究員
 1999年  ワシントン大学生物学部アシスタントプロフェッサー
 2005年  ワシントン大学生物学部アソシエイトプロフェッサー(現在に至る)
 2008年  科学技術振興機構さきがけ研究員(現在に至る)


Message

私が筑波大・生物学類に入学してからもう四半世紀が過ぎました。光陰矢の如しとはよくいったものです。83年にアメリカのハイスクールを卒業した私は、日本の大学生活への期待と不安でワクワクドキドキしながらの筑波大での学生生活(宿舎生活)を始めました。当時のつくばはTXどころかつくばセンター発の高速バスすら走っておらず、今からでは想像できないほど「陸の孤島」でしたが、それでも何事にも代え難い良さがありました。日本全国から(そして海外からも)集まった学類生達は明るく実直な、互いの個性を尊重する雑多な集団で、夜な夜な遅くまでの学生実習や夏の臨海実習などではパワー全開でチームワーク?を発揮していました。

私は現在、大学教員として基礎研究を続けていますが、生物学類でつちかった経験は、その後研究者として独り立ちしていくのに本当に大切なものとなりました。21世紀に入り10年たった今、生物学は異分野融合が最も顕著な大分野へと変貌しつつあります。たとえば生物多様性の問題は、生態学・分類学・進化学にとどまらずメタゲノミクスや地球科学そして環境アセスメントやポリシーなど、自然科学全般・法律・経済・政治にも深く関わっています。ゲノム科学の発展はコンピューター・エンジニアリングなくしてはあり得ませんでした。遺伝子組換え作物やヒト万能細胞なども、もはや基礎生物学・基礎生命科学の枠を超えて社会へ影響を及ぼしています。筑波大・生物学類には、個性豊かな教授達ととことん議論できることに加え、他学類・他学群(医専や生物資源など)や外部の様々な研究所と共同研究ができるなど学園都市ならではの良さがあります。研究者が自分の個性を発揮しつつ、他者の異なった意見を尊重し、競合グループとは駆け引きを行ない、そして自分にはないものを持つスペシャリスト達とコラボレーション(共同研究)することにより、生命の本質を追究する。今日の生物学研究に重要な点は、すべて筑波大・生物学類での日常の生活にあったのです。また、私は在学中に教職免許を所得しましたが、地元の高校での教育実習は、教鞭をとるようになった今でこそ貴重な体験であったと実感しています。

私は植物の発生を分子レベルで捉えることに興味を抱き、卒業研究は植物生理学研究室で、当時、学位をとったばかりの若手研究者であった佐藤忍博士についてニンジンの培養細胞を用いた胚発生の解析を行ないました。今でも興味の本質は全く代わっておらず、現在、アメリカ・シアトルにあるワシントン大学・生物学部において、植物の通気口である気孔のパターン形成と分化のメカニズムを分子遺伝学的手法を用いて解析しています。気孔は陸上植物の生存に必要不可欠なだけではなく、気孔の存在は地球の大気環境に大きな影響をおよぼしています。また、私達が解き明かした気孔の分化をつかさどる遺伝子群の作用機作は、ヒトの筋繊維や神経細胞の分化のそれと驚くほど似通っており、私達の研究は動植物を超えた細胞分化の基本原理をあぶりだしました。そういった訳で、気孔の分化も学際的な研究分野だといえます。

生物学類生の皆さん、思い存分に学び、遊び、そして多くの人々との出会いを満喫してください。4年間の大学生活が将来への糧となるように。