ストレス不定胚誘導におけるアブシジン酸・活性酸素の関与について

 

河島 友和     指導教官:鎌田 博

 

【目的】

 近年、動物の体細胞の核を、核を取り除いた受精卵に移植することで胚発生を行わせる体細胞クローン個体の作成が報告され、注目を集めている。しかし、植物では古くより、一度特定の機能を持つように分化した体細胞が脱分化し胚発生を行う現象、すなわち体細胞不定胚形成が一般的に知られていた。この現象は植物細胞の分化全能性を実証する好例であり、細胞の脱分化、再分化のシステムを解明するための鍵となる現象である。

 私の所属する研究室では、ニンジン実生の茎頂部にストレスを与えることによって不定胚を誘導するストレス不定胚誘導系が確立されており、この系を用いて研究が進められてきた。この系においては、高浸透圧、高温、重金属など、さまざまなストレス処理によって不定胚が誘導できることから、これらのストレスが別々の経路を経て不定胚形成プログラムを起動させるわけではなく、さまざまなストレス処理時に生じる共通の因子が不定胚形成プログラムの起動を制御しているのではないかと考えられている。これまでの研究により、この共通因子の候補としてアブシジン酸(ABA)や、活性酸素等が挙げられているが、ニンジンは分子遺伝学的解析が極めて困難な材料であり、より詳細な研究を進めることができなかった。一方、一昨年、私の所属する研究室において、分子遺伝学的実験のモデル植物であり、近年その全ゲノム配列の解析が終了したシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)においてもストレス不定胚誘導系が確立された。そこで、多数の突然変異体や、さまざまな分子遺伝学的情報が蓄積されているシロイヌナズナを用い、ABAあるいは活性酸素に関連するさまざまな突然変異体を材料とし、ストレス処理によって不定胚が誘導されるかを解析することにより、ストレスによる不定胚形成プログラムの起動の鍵となる因子について検討することを本研究の目的とした。

 

【方法】

 播種後約5日目のシロイヌナズナ実生(野生株・突然変異体)の茎頂部約1.5oを切り取り、ストレス培地(B5+0.7 Mマンニトール)上で1〜8 時間培養することでストレス処理を行った。その後、2,4-D(1r/l)を含む培地に移植し、22℃・連続光下で21日間培養を行った。2,4-Dを含む培地に移植して10日目から21日目にかけて不定胚の形成が観察されたので、21日目に不定胚形成率を調査した。突然変異体としては、ABA合成欠損株であるaba1、ABA非感受性株であるabi3、活性酸素除去系に変異を持つvtc1、tt3およびttg1を用い、そのコントロールとしてはそれぞれの突然変異体に対応する野生株(エコタイプ)である、ランズバーグ(Ler)とコロンビア(Col)を用いた。aba1についてはABA添加培地での不定胚誘導実験も行った。

 

【結果・考察】

 コントロール(Ler、Col)では6時間のストレス処理をピークとして5〜15%の確率で不定胚形成が観察されたが、aba1、vtc1、tt3、ttg1では不定胚が全く形成されなかった。aba1については、ABA添加培地での不定胚誘導も試みたが、不定胚の形成は確認できなかった。一方、ABA非感受性のabi3においては、不定胚の形成は確認できたものの、野生型と比較し、より短いストレス処理時間で不定胚形成が見られた。

活性酸素除去系に変異を持つvtc1、tt3、ttg1のいずれにおいても不定胚が形成されなかったことから、活性酸素が不定胚誘導に何らかの形で関与していることが推察された。しかし、活性酸素と不定胚形成が具体的にどのように関係しているのかを直接的に示す結果は未だ得られていない。不定胚誘導が起こらなかった原因が活性酸素の過剰な蓄積にあると考えることもできるが、ストレス処理においても茎頂外殖片が死んでいないことや、vtc1(光合成によって発生する活性酸素を正常に消去することができない変異体)においては、弱光下でも不定胚が形成されなかったことからを考え合わせると、活性酸素の過剰な蓄積のみが原因とは考えにくく、活性酸素除去系で合成される別の産物が不定胚誘導に関与している可能性も考えられる。

aba1に関しては、ABAを添加しても不定胚が誘導されなかったことから、ABAそのものではなく、ABA合成系における中間産物が不定胚誘導に関与している可能性が示唆された。aba1はABA合成系の初期過程に働く酵素の変異体であるため、今後は、ABA合成の最終段階あるいはその直前に変異を持つaba2,3についても同様の実験を行う予定である。

一方、abi3において、コントロールよりも短いストレス処理時間で不定胚が誘導されたことから、ABI3は不定胚誘導に抑制的に働いており、それが欠損したabi3ではABI3の抑制がなくなるために不定胚誘導に必要なストレス処理時間が短縮されたとものと考えられる。