円石藻によるセレン吸収の速度論的解析

                

新家 弘也   指導教官:白岩 善博

 

{背景・目的}

円石藻は、細胞表面に炭酸カルシウムを主成分とする円石と呼ばれる殻をつけている微細藻類である。また円石藻は、海洋で巨大なバイオマスを占め、その光合成や石灰化反応による二酸化炭素固定により大気-海洋間の二酸化炭素バランスに大きく影響を与える重要な生物として近年注目されている。本研究室の先行実験により,円石藻の生育時にセレンが必須であり、細胞内に2400倍の濃縮能を持つことが明らかになっている。このことから,円石藻は環境中に微量に存在するセレンを効率よく吸収・利用する特異的な取り込み、蓄積および代謝機構を有すると考えられる。そこで,本研究ではセレン元素がどの様に吸収され,かつ代謝されているかを速度論的解析により明らかにし,セレンの生体作用や海洋における円石藻に対するセレンの影響についての知見を得ることを目的とした。

 

{方法}

 10 nMセレンを含む人工海水培地で培養した細胞を回収し,人工海水培地に再懸濁して1日静置した後,以下の実験を行った。まず,放射能ラベルされた亜セレン酸塩(75SeO32-)を培地に加え、培養した細胞に取り込まれた放射性セレン(75Se)の量を細胞および培地画分の各々について、シリコンオイルレイヤー法を用いて測定した。この時,Tween 20を加え細胞回収率を上げた。この方法を用い,短時間および長時間における75Se吸収の経時変化を測定することにより、セレン取り込み様式の特性を解析した。また、培地中に加える75Seの濃度を0.36~744 nMの範囲で変化させることにより,取り込みの濃度依存性を調べ,速度論的解析を行った。

 

{結果・考察}

 シリコンオイルレイヤー法を行った時,細胞密度(濁度)に依存して細胞回収率が異なった。それを改善するために,1/2000倍量の界面活性剤Tween 20を加えたところ,濁度に依存せず完全に細胞が回収されたため,以下この方法を用いた。

75Se-亜セレン酸の取り込み量による経時変化の解析から,速度の異なる3段階のphaseでセレンが取り込まれている事がわかった。1段階目は秒単位のとても速い取り込みで,これは細胞への吸収過程であると考えられる。2段階目は取り込みと蓄積で,細胞内へのセレンのアミノ酸等としての蓄積によるものと考えられる。3段階目は,それらの物質の高分子への代謝が関わっていると考えられる。次に,セレン濃度を変化させた時,低濃度では1~2日で培地中のセレンが全て細胞内に取り込まれた。また,高濃度では取り込みは長時間持続したが,5日目前後ではセレンの毒性か栄養欠乏のため細胞が活性を失い,取り込みが低下した。

速度論的解析では,2段階目のphaseのセレン濃度依存性がMichaelis-Menten型を示した。このことより,円石藻が能動輸送系を有することが示唆された。