カメノコヨコエビ類の生態と基質海藻の利用について

井口隆子   指導教官:青木優和   責任教官:蔵本武照

導入・目的
 ヨコエビ類の多くは左右に扁平な体をもつが、ミノガサヨコエビ科 Phliantidae のカメノコヨコエビ属( Pereionotus )は背腹に扁平な特異な形態をもつ。日本産の既知種は 2 種で、主にホンダワラ類の大型褐藻上から採集される葉上生活性である。九州天草に産するゴクゾウヨコエビP. thomsoni japonicus は複数種の海藻から採集されているが、伊豆半島南端部の下田産の同属種では生息する海藻種が限定されていることが示唆されていた。一般に、葉上性のヨコエビ類は生息基質の選好性がほとんどないとされてきたことから、本研究ではこの下田産のPereionotus sp.の特異性に着目し、種の同定とともに定期的な野外採集を行い、基本的な生態についての検討を試みた。


方法
 まず、世界でこれまでに記録されている同属 6 種の記載論文およびゴクゾウヨコエビについては九州天草で採集された標本との形態比較に基づいて、種の同定を行った。
 また、定期採集を志太ヶ浦のガラモ場において 2001 年 5 月から 2002 年 2 月にかけて 1 ヶ月に 1 回行った。毎回、オオバモク 4 株と他のホンダワラ類 5 - 6 種を 1 株ずつとを採集した。海藻を海中で 1 株ずつビニール袋に入れ葉上動物ごと採集し、氷冷しながら実験室に持ち帰り、真水中で 3 回洗い葉上動物をすべて落とした。海藻 1 株ごとの動物を 10 %中和海水ホルマリンで固定し、実体顕微鏡下で選別した。カメノコヨコエビ類については雌雄別に計数し、体長の計測を行った。海藻については主枝の最大長と湿重量、乾重量を測定した。


結果
 本種はゴクゾウヨコエビにくらべ付属肢は短く、丸みが強いことがわかった。また、背の凹凸が少なく、頭部が小さいことから、日本産既知種のもう 1 種ドンガメヨコエビPereionotus holmesi ( Gurjanova, 1938 )である可能性が高い。さらに、文献に示されている第2尾肢葉部を基準とする雌雄判別法は若齢個体では当てはまらず、胸部腹面の雄性生殖器の有無で判別するべきであることも、本研究からわかった。
 本種は下田のガラモ場においては調査期間を通じてオオバモクの葉上のみから採集され、他の海藻上には出現しなかった。オオバモクの現存量は 8 月に最大となり 10 月に最小となる。本種の密度はオオバモクの現存量よりもやや遅れて増減した。調査期間を通じて各サイズクラスの個体が出現し、雌雄間にサイズ差は見られなかった。


考察
 春期から夏期にかけての個体数の増加は繁殖によるものと考えられるが、繁殖個体や幼体が存在するのに秋期から冬期に急激に減少している。これに関わる要因についてはまだ不明である。さらに冬期から春期についても調査を続ける予定である。また、特定の海藻にのみ出現するという本種の性質は他のヨコエビではみられず、何が生息海藻を限定しているのかは興味深く、今後の検討課題である。
 三浦半島での海藻葉上動物の調査でもカメノコヨコエビ類がオオバモクに限って出現している記録がある。これは下田のものと同種である可能性が高い。オオバモクの分布は房総半島から紀伊半島にかけての太平洋岸のみで、それ以西と日本海側は葉の細い亜種ヤナギモクが分布する。これらのことからカメノコヨコエビ類の分布とオオバモクの分布の関連も予測される。今後全国における分布についても調査を広げていきたい。