ATL細胞におけるHTLV-1のゲノムへの挿入部位の解析

 

学籍番号  980759  氏名  磯 奈緒美      指導教官   三輪 正直

 

成人T細胞白血病(Adult T cell Leukemia;ATL)は日本の西南地方およびカリブ海沿岸に集中して発生する、極めて予後不良なヘルパーT細胞性の白血病である。今日ではヒトレトロウイルス(Human Retrovirus) であるHTLV-1(Human T cell Leukemia Virus Type 1)の感染が、ATLの発症の重要な因子であることが明らかにされている。

腫瘍レトロウイルスは、複製能がなくウイルスがん遺伝子(v-onc)を持つタイプと、複製能を持ちv-oncを持たないタイプに分けられる。前者は異常に高いレベルでv-oncが発現され、感染細胞を強力に形質転換し、早期に感染動物に白血病や肉腫を作る。後者はプロウイルスの細胞ゲノムへの挿入により近傍遺伝子を異常に活性化したり、挿入遺伝子の破壊、あるいは融合遺伝子産物の産生をもたらすことにより感染細胞を形質転換させる。HTLV-1は所謂v-oncを持たず、がん化への寄与がトランス作用かシス作用かは明らかではない。そこでATL患者の白血病細胞DNAへのHTLV-1挿入部位を決定し、ATL発症におけるHTLV-1のシス効果を検討した医科学修士の正田桃子氏の研究に参加した。

 ATL患者の白血病細胞を含む末梢血単核球DNAを用いてHTLV-1プロウイルスのゲノム上の挿入部位決定をInverse PCR (IPCR)で行った。ゲノムDNAをPstTで消化し、T4 DNA ligaseにより環状化させ、HTLV-1のpX領域と3'LTRに外向きに設定したプライマーを用いてロングPCRを行った。PCR産物はサブクローニング後に塩基配列を決定し、NCBIのBLASTサーチを用いてヒトゲノムやESTのデータベースと比較をした。また、IPCRでの増幅産物がATLの白血病細胞での主要な細胞クローンを反映していることを確認するため、上記ゲノムDNAを用いてゲノムサザンブロット解析を行った。

今回の実験においては、29例のサンプル中15例についてHTLV-1の挿入部位計16ヶ所をIPCRにより増幅し、その配列を決定することができた。結果は遺伝子内が7ヶ所(44%)、Alu反復配列が3ヶ所(19%)、Alphaサテライト配列が1ヶ所(6%)、LTR反復配列が2ヶ所(13%)、非遺伝子領域で非反復配列が3ヶ所(19%)であり、染色体上の共通の位置に挿入された例は今回のサンプル中には見られなかった。従来ATL発症のメカニズムを解く鍵としてはTaxタンパク質によるトランス効果が注目されており、HTLV-1のシス効果については否定的な見方が多かった。またレトロウイルスの挿入部位は一般にランダムであると言われていたが、その44%が遺伝子内に見られたことは非常に興味深い。特にアンドロゲン受容体、T型cGMP依存性プロテインキナーゼ、ジアシルグリセロールキナーゼζといった細胞増殖のシグナル伝達経路に関係している遺伝子内に挿入されていたことに注目したい。HTLV-1で不死化した細胞はIL-6受容体やIL-15遺伝子内への挿入が認められるが、ATLにおいてこれら増殖関連遺伝子への挿入が見いだされたのは今回が初めてである。