トラマルハナバチの遺伝的多様性:局所的多様性から見えるもの

大矢陽一        指導教官:藤井宏一

背景と目的:マルハナバチの花粉媒介者として能力は古くから注目されてきた。日本には90年代に入りヨーロッパ産のマルハナバチがトマトなどの授粉用の農業資材として導入された。現在では在来種の商品化も開始されている。しかし、導入種であるセイヨウオオマルハナバチの野生化や在来種の商品化のための女王バチの乱獲などにより、在来マルハナバチの衰退およびフロラの変質が危惧されてきた。特にマルハナバチを有効なポリネーターとしているサクラソウのような絶滅危惧種については、マルハナバチの送粉によるgene flowがパッチの維持に重要な役割を果たしていると考えられる。これまでに、導入種との競争や商品化による遺伝的攪乱などの影響を受けると考えられる在来種について、オオマルハナバチなどの地理的変異などが調査されてきたが、日本においてより広範な生息域を持つトラマルハナバチについての調査は少ない。かつ、調査は地域的な変異であり、局所的な1つの採餌パッチを対象としたものは見られなかった。

本研究ではその広範な生息域から導入種の影響を強く受けると考えられるトラマルハナバチ(Bombus diversus diversus)を対象に、マルハナバチの利用しているパッチ蜜源にどの程度のコロニーが関与しているのかを定量的にとらえる目的で、詳細な個体識別の可能なマイクロサテライト遺伝マーカーを用いて遺伝的な変異の調査を試みた。

 

実験方法:実験に用いたトラマルハナバチは長野県入笠山と長野県軽井沢において、同一の花パッチで採餌している個体を採集した。さらに長野県軽井沢の野生のコロニーから一部の個体を採集した。各個体について、DNAを抽出し、マイクロサテライトDNA遺伝子座6座位のPCRをかけた。合成産物の対立遺伝子サイズをオートシークエンサーによって測定した。それぞれの対立遺伝子の共有度から樹形図を作成し、そのパッチを利用しているコロニー数を推定した。一部の調査地のサンプルについては、訪花時の往復行動における飛行方向の調査を行い樹形図で描き出されたクラスターとの比較を行った。さらに野生のコロニーのサンプルを用いて、コロニー内での遺伝的変異についても調査を行った。

 

結果と考察:対象としたマイクロサテライトDNA6座位のうち、長野県入笠山の個体で5座位、長野県軽井沢の個体で3座位について解析可能な結果が得られた。対立遺伝子の共有度から樹形図を作成した結果、長野県入笠山のサンプルでは、共有度と飛行方向との相関は見られなかった。しかしコロニー内での遺伝的変異の幅からの推定の可能性が示された。コロニー内での変異は非常に少なく、これを単位として全体の中で何単位あるかで推定が行えると考えられる。今後、解析可能な遺伝子座を増やし遺伝マーカーによる推定の精度を上げるとともに、訪花時の飛行方向の正確な調査などのマルハナバチの動態からのアプローチも行っていきたい。