ES細胞を用いた異種ミトコンドリア導入による病態モデルマウスの作製

980771 笠原敦子   指導教官 中田和人


<導入・目的>
 ミトコンドリアは酸化的リン酸化によってATP合成を行う細胞内小器官であり、そ の内部には独自のゲノムであるミトコンドリアDNA(mtDNA)が存在している。特定の欠 失突然変異や点突然変異型mtDNAsの蓄積はミトコンドリア呼吸機能の低下を招き、ミ トコンドリア病と総称される様々な病態を引き起こすことが知られている。しかし、 このような突然変異型mtDNAの蓄積による病態発症機構は未だ不明な点が多い。ミト コンドリア病の病態発症機構を解明するためには、mtDNAの突然変異が原因でミトコ ンドリア呼吸機能低下を示すような病態モデルマウスの作製が必須である。当研究室 の先行研究において、病原性欠失突然変異型mtDNAを導入した病態モデルマウス (mito-mouse)の作出に成功しているが、この方法では、細胞質融合法によってミトコ ンドリアごと欠失突然変異型mtDNAをマウス受精卵に導入するため、新たな病態モデ ルマウス作製のためには、点突然変異型mtDNAまたは、何らかのmtDNAの異常を持った 細胞を見出す必要がある。当研究室の先行研究において、マウス由来の核ゲノムと ラット由来のミトコンドリアゲノムを持つサイブリッド細胞では、呼吸活性の著しい低下が観察されている。そこで、本研究ではラッ トmtDNAをマウスES細胞に導入してキメラマウスを作製することによる新たなミトコ ンドリア病モデルマウスの作製を目的とした。

<方法>
 既にミトコンドリアを消失させる事が報告されているRhodamine-6G(R6G)をマウス ES細胞(TT2-F,XOタイプ)に処理し、このES細胞と脱核したラットの細胞質体をポリエ チレングリコール存在下で融合させ、1週間後にラットmtDNAが導入されたマウスES細 胞をクローニングした。導入されたラットmtDNAはPCR法とサザンブロット法によって 確認した。コントロールとして、マウス(Musmusculus domesticus)の別種である M.spretusのmtDNAをもつES細胞も同様の方法で作製した。これらのES細胞をマウス8 細胞期胚に注入し、キメラマウスの作製を試みた。

<結果・考察>
 ラットのmtDNAを導入したES細胞では、導入後1週間目では確かにラットmtDNAが検 出されたが、さらに1週間培養すると、導入したラットmtDNAはPCR法でのみ検出され た。即ち、ラットmtDNAをマウスES 細胞に導入しても、培養を続けるとそのコピー数 が減少してしまう事が明らかとなった。この原因として、マウスES細胞に対するR6G の処理が不十分なため、ES細胞内にマウスmtDNAを持つミトコンドリアが残存し、そ れによって外来のラット由来のミトコンドリアが席巻されてしまうと予想される。そ のため、ラットmtDNAをマウスES細胞に導入するためには、マウスES細胞内のミトコ ンドリアをR6G処理によって完全に消失させなくてはならないと考えられる。現在、 その処理条件について検討中である。一方、コントロールのM.spretusのmtDNAを導入 したマウスES細胞を用いたキメラマウスの作製には成功し、かつそのキメラマウスの 仔も誕生した。この事は、M.spretusのmtDNAを導入したマウスES細胞が生殖細胞系列 への分化能を保持していることを示している。