ヒトミトコンドリア間相互作用の有効性の検証

                        980772笠原 由子 指導教官:林 純一

<背景と目的> 

 真核生物に存在するミトコンドリアは、生体内で使われるエネルギーの大部分を生産する細胞小器官である。近年、ミトコンドリア独自のゲノムであるミトコンドリアDNA(mtDNA)の突然変異が糖尿病や神経変性疾患などの様々な病態を引き起こす可能性が示唆されている。さらに、加齢に伴ってミトコンドリアの呼吸機能低下とmtDNA突然変異の蓄積という二つの現象が並行してみられることから、ミトコンドリア呼吸機能低下はmtDNA突然変異の蓄積に原因があるというミトコンドリア老化原因説が広く提唱されている。しかし、当研究室の先行研究において、異なる病原性突然変異mtDNAを持つ2種の呼吸欠損ミトコンドリアを単一細胞質内に共存させると、これまで欠損していたミトコンドリア呼吸機能の回復が観察された。この結果は、単一細胞内のミトコンドリアは互いの遺伝子産物を交換する事が可能であり、このミトコンドリア間相互作用によって、我々は加齢に伴って蓄積した様々な突然変異mtDNAsによるミトコンドリア機能異常を回避できる可能性を示唆している。

 しかし、実際に加齢に伴って蓄積した全てのmtDNA突然変異に起因する呼吸機能異常をこのミトコンドリア間相互作用によって回避できるとは限らない。そこで本研究では、遺伝子産物の交換があっても呼吸機能が回復しないと予測される状態を考察するために、mtDNAの同一遺伝子上に異なった病原性突然変異を持つ2種の呼吸欠損細胞を融合し、呼吸機能が回復しないことを確かめることを目的とした。突然変異の位置による相互作用の効果の違いを調べることは、長年提唱されてきたミトコンドリア老化原因説を新たな側面から検証するという点で生物学的に意義があると考えられる。

<結果及び考察>

 まず、mtDNAの同一遺伝子上に異なった病原性突然変異を有する親細胞として、tRNALeu(UUR)上の塩基番号3243番の突然変異株(59A-R21-5-1-7)と3271番の突然変異株(3271-18-3)を選択した。本研究の目的を達成するためには、親細胞はそれぞれの突然変異mtDNAを100%の割合で持ち、且つ、呼吸欠損に陥っていることが必須である。この条件を満たす3243突然変異株はすでに単離しているが、3271突然変異株は単離されていなかった。そこで、3271突然変異を持つ細胞株のリクローニングを繰り返し、この変異を100%含有しかつ呼吸欠損であるクローンの単離を試みた。各クローンの3271突然変異の含有率はPCR産物を制限酵素で切断して検出し、呼吸機能の欠損はシトクロムcオキシダーゼ(COX)活性の消失を指標とした。

 目的とする株を単離するために、すでに3271突然変異を導入したHeLa細胞のリクローニングを繰り返した。その結果、用いた親株はほぼ100%の割合で3271突然変異を有し且つCOX活性11.4%であったにも関わらず、得られたリクローンでは、3271突然変異含有率は全てにおいてほぼ100%であったが、COX活性がほとんどの株において親株のそれより高かった。そのうえ、親株自身のCOX活性も培養とともに上昇していく傾向がみられた。すなわち、全てのリクローンにおいて3271突然変異の含有率がほぼ100%と検出されたにも関わらず、そのCOX活性は消失するどころか上昇した。この原因として、1).PCR解析では検出できない程度のごく微量の野生型mtDNAが存在している可能性、2).3271突然変異によって失われるはずのtRNALeu(UUR)の機能を補うような新たな突然変異が起こっている可能性、などが考えられる。今後はこれらの可能性を検証したうえで、3271突然変異含有率100%且つ呼吸欠損である株の単離を目指して引き続きリクローニングを続けていく予定である。