パーキンソン病モデルマウスを用いたミトコンドリア呼吸機能の解析

980775 金森サヤ子  指導教官:林純一


<導入・目的>
 ミトコンドリアは酸化的リン酸化反応によって細胞中のエネルギーの大部分を生産する細胞小器官であり、その内部に独自のDNAであるミトコンドリアDNA(mtDNA)が存在する。このmtDNAは呼吸鎖酵素複合体のサブユニットの一部やtRNA、rRNAなどをコードしているため、mtDNAの突然変異はATP産生能の低下を招き、結果として様々な疾患を引き起こすことが報告されている。
 神経変性疾患の一つであるパーキンソン病は中脳の黒質に存在するドーパミン作動性ニューロンの細胞死が原因で起こる疾患であるが、この神経細胞死の起こる機構は未だ解明されていない。近年、パーキンソン病患者において呼吸鎖酵素複合体の一つであるComplexTの活性低下が見られること、またMPTPやロテノンといったComplexTの阻害剤の投与によってパーキンソン病に類似した病態が誘発されることなどが報告されている。更に最近、ロテノンで処理したマウス培養細胞からComplexTのサブユニットをコードするmtDNA領域に突然変異をもつ細胞株が単離されている。これらの結果は、mtDNAの突然変異に起因するComplexTの機能異常がパーキンソン病の発症に関与している可能性を示唆している。そこで本研究では、mtDNAの突然変異がComplexTの活性低下を引き起こし、神経細胞死を引き起こすということを作業仮説とし、MPTPおよびロテノンをマウスに投与し、更にこれらの病態モデルマウスにmtDNAの突然変異が生じるか否かを検証することを目的とした。

<材料・方法>
 B6マウス(9週齢、オス)にMPTP(10mg/kg)およびロテノンを腹腔内注射し(0.3~3mg/kg)、パーキンソン病モデルマウスの作製を試みた。薬剤投与後、脳、心臓、肝臓、膵臓、脾臓、腎臓、および血液を採取し、病理学的解析を行った。また、採取した脳の一部からシナプトソーム画分を調整し、mtDNAを持たないρ0細胞にこのシナプトソームをポリエチレングリコールで融合し、核DNAはρ0細胞由来、mtDNAはモデルマウス由来というcybrid細胞を作製した。そしてこのcybrid細胞の呼吸鎖酵素活性を測定した。

<結果・考察>
 MPTPを投与したマウスでは、ヒトのパーキンソン病で見られるような行動異常は観察されなかった。また、このマウスのシナプトソームのミトコンドリアを導入したcybrid細胞の呼吸鎖酵素活性を測定したが、正常なマウスと比較してその活性値に有意差は認められなかった。一方、ロテノン(3mg/kg)を一定期間投与したマウスでは顕著な体重の減少、貧脈(心拍数の減少)、姿勢保持異常、歩行・運動障害および振戦等のヒトのパーキンソン病と非常に類似した症状が観察された。現在、このロテノン投与によるパーキンソン病モデルマウスの病理解析とcybrid細胞の作製を行っている。本発表では、薬剤によるパーキンソン病モデルマウスの作製の有効性と、mtDNAの突然変異によるパーキンソン病の病態発症の関連について考察する予定である