色手掛かりと運動ルールを連合させた眼球運動課題の
学習過程における運動パラメーターの解析
980778  鬼頭 愛  指導教官:大野 忠雄教授 杉野 一行講師

[目的]
 随意運動の開始、遂行は、様々な外部環境刺激が引き金となり、記憶や予測等に基 づいて起こる。前頭連合野や、そこから投射を受ける大脳基底核は、外部刺激と運動 との連合や記憶誘導型運動課題に関連した活動を示すことが知られている。そこで本 研究では、記憶に基づいた予測的行動と外部刺激との連合が、前頭連合野や大脳基底 核におけるどのような脳内機序に基づいているのかを明らかにするため、色手掛かり と運動ルールを連合させた眼球運動課題を開発した。今回の研究ではまず第一段階と して、学習による課題への習熟度がパラメーターにどう反映するのかを検討した。

[方法]
 サルをモンキーチェアに座らせて頭部を固定し、コンピューター画面に対面させ て、画面上に呈示される標的に視線を移動させるという眼球運動課題を行わせた。
 サルにはまず画面中央に呈示される注視点を500ms注視させた。その後注視点の色 を変えて200ms呈示した後注視点を消して、色に連合した眼球運動を行わせた。その 上でサルが標的を200ms注視した場合を成功とし、報酬のジュースを与えた。この流 れ(図2参照)を1試行として繰り返し、300〜400試行程度を1ブロックとして区切っ た。注視点には複数の色を用い、それぞれの色ごとに、試行遂行の際のルールを設定 した。設定した試行には、明らかに標的位置の予測ができないもの、長期的な記憶に 基づいた予測ができるもの、位置を学習してそれによって予測ができるものの3種が あり、それぞれに赤、白、緑の色を対応させて、色手掛かりと眼球運動ルールの連合 を形成させた。

試行について(図1参照)
注視点消灯と同時に標的が点灯する。標的は8ケ所のいずれかにランダムに点灯す る。標的の点灯後視覚誘導的に視線を標的に移動させたら成功とする。
注視点消灯後300〜500msのギャップが与えられる。標的は課題を通して常に注視点の 真上に点灯する。ギャップの間(標的が点灯する前)に標的が点灯する位置に視線を移 動させたら成功とする。標的の点灯後視覚誘導的に視線を標的に移動させた場合は失 敗とみなす。
白の場合と同様、注視点消灯後300〜500msのギャップが与えられる。標的は1ブロッ ク内では常に同じ位置に点灯するが、別のブロックに移行する時に標的の位置が変わ る。緑の場合もギャップの間に標的が点灯する位置に視線を移動させたら成功とし、 標的の点灯後視覚誘導的に視線を標的に移動させた場合は失敗とみなす。そのため、 ブロックが変わるごとに緑の標的が点灯する位置を学習し直さなければならない。

 以上の課題の成功率の推移と、課題遂行時の眼球運動の潜時、速度、正確さ等の運 動パラメーターを解析した。

[結果と考察]
 サルはまず、赤の試行のみを行わせるトレーニングを4ヶ月にわたり55日間実施 し、視覚誘導型の試行にはほぼ100%の確率で成功するようになった。その後さらに 3ヶ月、37日間に及ぶトレーニングで、白、緑を加えた、色手掛かりと運動ルールを 連合付けさせる課題を行わせたところ、赤と白の試行にはほぼ常に成功するようにな った。また、緑の成功率は、ブロックの後半でブロック開始時よりも高くなった。よ ってサルはこの課題で色の認識をし、それに基づいた眼球運動を行い得ることが示さ れた。
 注視点消灯時からの潜時についてみると、赤と白の試行では常に一定の潜時(約 100〜250ms)を維持していた。また、緑の試行での潜時は、ブロック開始時は赤や白 の試行の潜時と同じかそれより長くかかることが多いのに対し、成功率が高くなり課 題の学習が進んだとみられる試行においては白の場合よりずっと短くなる (約100ms未満)傾向が見られた。眼球運動速度については、どの色でも常に一定で、 変化しなかった。
 成功率が高くなることは、この課題への習熟度が高まったことを意味する。これは すなわち、色と眼球運動との連合が強くなったことの結果と考えられるが、緑の試行 での成功率の高さと潜時の短縮との関連は、この潜時が課題の学習過程における習熟 の段階の指標となり得ることを示唆してい驕B

[今後の展開]
 この課題の遂行中に大脳基底核の尾状核のニューロンの活動を微少電極を用いて細 胞外記録し、課題との関連性を解析中である。

図1
課題は、順次点灯する注視点と標的に視線を移動させ、注視するというもの。
注視点はコンピューター画面の中央に呈示される。標的は、画面上でサルの視覚にし て10°中心から離れた同心円上の8ケ所(45°刻み)のいずれかに点灯する。標的位置 の候補が、明度の低い灰色の目印として示されている。注視点の色は明度の高い灰色 から赤、白、緑のいずれかの色に変わる。この時の呈示色によって、要求される眼球 運動が異なる。
赤)注視点消灯と同時に点灯する標的に視覚誘導的に視線を移動させ、標的を注視す る。
白)ギャップの間(標的点灯前)に記憶誘導的に視線を移動させ、標的を注視する。標 的が呈示されるのは常に真上で固定されている。
緑)白と同じくギャップの間(標的点灯前)に記憶誘導的に視線を移動させ、標的を注 視する。ただし、標的の呈示位置はブロックごとに変わる。
注視点への視線移動、注視点の注視、赤の試行での標的への視線移動に失敗した際 は、エラーシグナルとしてすべての点灯位置(中央を含む9ケ所)を一瞬点灯させた。 白と緑の試行で予測的な視線移動に失敗した際は、標的を短時間点灯させて標的位置 の学習を促した。


図2