新規スルファターゼ遺伝子のマウス胎児における発現の解析
桑原 睦樹 指導教官:桝 正幸 責任教官:田仲 可昌

(1) 目的
 神経回路の形成過程では、ニューロンが標的細胞へ軸索を正しく投射する必要がある。この際、軸索の先端にある成長円錐が軸索ガイダンス分子を感受し、軸索が標的細胞へと導かれる。脊髄正中部に位置する非神経性組織であるフロアープレートは、神経回路網形成に重要な役割を果たしていると考えられており、基礎医学系分子神経生物学グループでは、フロアープレートに特異的に発現している分子を同定し、その機能を明らかにする事を試みている。
 RsulfFP1は、ラットのフロアープレートに特異的に発現する遺伝子の一つとして単離された新規のスルファターゼ遺伝子である。RsulfFP1は、870アミノ酸残基から成り、N末端にシグナルペプチドを、中央部に既知のスルファターゼには見られない親水性領域を持っている。RsulfFP1 mRNAは、胎生期ラットの脊髄フロアープレート、脳室脈絡叢、軟骨形成部位など強い発現が見られ、RsulfFP1タンパク質は、細胞内で小胞体とゴルジ体に局在し、一部のタンパク質が細胞表面にも存在している事が明らかになった。以上の結果から、RsulfFP1は、タンパク質の合成過程で、あるいは細胞外で、グリコサミノグリカン等の脱硫酸化を通して形態形成シグナル調節因子として働く可能性が考えられる。
 最近、RsulfFP1と相同性の高い新規の遺伝子RsulfFP2が存在する事が明らかとなった。本研究は、RsulfFP2の完全長cDNAを単離し、この遺伝子のマウス胎児における発現部位を調べる事を目的とする。

(2) 方法
 RsulfFP1のアミノ酸配列をもとに作製したdegenerate プライマーを用いて、nested PCRによって約650bpのRsulfFP2 cDNA 断片を単離した。これを鋳型として、ジゴキシゲニン標識RNA プローブを作製し、このプローブを用いて、4週齢ラット脳cDNAライブラリーのスクリーニングを行った。陽性クローンの中で最も長いクローンを選び、Thermo Sequenase DNA polymeraseを用いたサイクルシークエンス法によって塩基配列を決定した。この塩基配列をもとに既知のスルファターゼとの相同性比較を行った。また、RsulfFP1 cDNAの2109bpから3438bp、RsulfFP2 cDNAの2386bpから2983bpに対するジゴキシゲニン標識RNAプローブを作製し、胎生期マウスの組織切片でin situ hybridizationを行い、この両遺伝子のmRNAの発現部位を解析した。

(3) 結果・考察
 スクリーニングの結果、約52.5万プラークより43個の陽性クローンが得られた。RsulfFP2 cDNAは、4191bpから成り、予想されるアミノ酸は876残基であった。RsulfFP2は、N末端にシグナルペプチドを持ち、N型糖鎖結合部位が13個存在していた。また、スルファターゼ族に共通して保存されたコンセンサス配列をN末端に持ち、酵素活性に必須なシステイン残基も保存されていた。アミノ酸配列の相同性を比較すると、RsulfFP2は、ラット、ゼブラフィッシュ、ヒトのsulfFP1と各々65.2%、64.9%、67.2%の相同性があり、ゼブラフィッシュ、ヒトのsulfFP2とは各々72.2%、93.4%の相同性があった。また、線虫とショウジョウバエの相同遺伝子との相同性は各々44.5%、55.9%であった。
 In situ hybridizationの結果、sulfFP2mRNAの発現は、胎生11日には脊髄フロアープレート、脳室帯、運動ニューロンに、胎生13日、15日、17日には脊髄フロアープレートと脊髄腹側全体に見られた。胎生13日、15日の手指の関節・軟骨形成部位にも強い発現が見られた。胎生13日、15日、17日には脳内で広範な発現を示し、大脳皮質、視床・視床下部、脳室脈絡叢、脳室壁に発現が見られた。胎生15日、17日には網膜の末梢部、嗅球、歯芽の歯乳頭、鼻中隔及び鼻軟骨などに、胎生15日には、肺気管支軟骨にもsulfFP2mRNAの発現が見られた。一方、sulfFP1mRNAは、胎生11日、13日、15日に脊髄フロアープレート、脳室壁、脳室脈絡叢に特異的な発現が見られ、その他に、視床と視床下部の一部、レンズの外側部、内耳、歯芽エナメル上皮に、胎生13日、15日には手指関節・軟骨形成部位に強い発現が見られた。
 以上の結果より、sulfFP2は種を越えて保存されており、sulfFP1との相同性が高く、シグナルペプチドを有している事が明らかになった。従って、RsulfFP2タンパク質は、RsulfFP1と同様に細胞外で働く脱硫酸化酵素である可能性が示唆される。発現部位を比較すると、神経系ではsulfFP1、sulfFP2ともに胎生の早い時期から発現が見られ、神経発生に関与する可能性が考えられる。また、骨形成部位でsulfFP1sulfFP2が強く発現する事から、両方の遺伝子が骨形成に関与する可能性が考えられる。しかしながら、sulfFP2sulfFP1は同じ組織に発現していてもその発現パターンが異なる事から、両遺伝子に機能の違いが存在する可能性も考えられる。