突然変異ミトコンドリアDNAを導入したヒト神経芽腫細胞の細胞生物学的解析
糸井 千恵 指導教官:中田 和人
【導入・目的】
ミトコンドリアは生命活動に必要なエネルギーであるATPを産生する細胞内小器
官であり、その内部には独自の遺伝情報であるミトコンドリアDNA(mtDNA)が存在し
ている。mtDNAはヒストンのような保護タンパク質や障害の修復機構を欠いており、
ミトコンドリア内ではATP産生過程で生体にとって有害な活性酸素種も産生されるた
め、mtDNAは核DNAに比べ突然変異が蓄積しやすいと考えられている。近年、ミトコ
ンドリア脳筋症や、神経細胞特異的な細胞死によって発症するアルツハイマー病や
パーキンソン病などの神経変性疾患において、突然変異mtDNAの蓄積や呼吸鎖酵素活性
の低下が報告されている。このような結果は、ミトコンドリア機能異常が病態の発現
に関与することを示唆している。そのメカニズムとして、突然変異mtDNAの蓄積が呼
吸鎖酵素活性の低下を引き起こし、さらにこのミトコンドリア機能異常が神経細胞死
を誘発する可能性が考えられる。
そこで本研究では、ヒト神経芽細胞に病原性欠失突然変異mtDNA(ΔmtDNA)を導
入し、ミトコンドリア呼吸機能の低下とアポトーシス誘導の関係について調べること
を目的とした。
【方法】
細胞質移植法を用いてヒト神経芽腫細胞株(SHSY5Y)にΔmtDNAを導入した
Cytoplasmic hybrid(Cybrid)細胞を実験材料とした。さらにこのCybrid細胞を
リクローニングし、様々な割合でΔmtDNAを含有するCybrid細胞を単離した。そして
これらのCybrid細胞のミトコンドリア呼吸機能の指標として、呼吸鎖酵素の1つであ
るシトクロームcオキシダ−ゼ(COX)の活性を測定し、且つ、ヘキスト染色によって
アポトーシスの特徴である核断片化を検出した。
【結果・考察】
85%のΔmtDNAを含有するCybrid細胞のCOX活性は、コントロール(ΔmtDNAを含
有しないCybrid細胞)のそれと比較して20%程度まで低下していた。ヘキスト染色で
は、ΔmtDNAの蓄積によってCOX活性が明らかに低下したCybrid細胞でさえ核の断片
化は観察されなかった。
これらの結果は、神経芽細胞ではΔmtDNAの蓄積によってミトコンドリアの呼吸
鎖酵素活性が顕著に低下するが、このミトコンドリア機能異常が神経芽細胞に細胞死
を誘導しないことを示している。しかし、今回用いた神経芽細胞は神経細胞として分
化させていないため、アポトーシス誘導に対して抵抗性を示したという可能性も考え
られる。
今後は、ΔmtDNAを導入したCybrid細胞におけるΔmtDNAの含有率と神経細胞死の
関係をさらに詳細に検討することを考えている。また、アポトーシス抵抗性の可能性
を検証するためにCybrid細胞を神経細胞として分化させ、この細胞におけるΔmtDNA
の蓄積とミトコンドリア呼吸機能低下がアポトーシス誘導に与える影響についても解
析する予定である