多孔質樹脂を用いた動物細胞の凍結保存

氏名 蛇川 亜香里

指導教官 大島 宣雄 教授

 

 (緒言)

 培養細胞系を利用して臓器機能を再生したり、バイオ人工臓器の開発に利用することを目的とする、再生医工学 (tissue engineering) の分野では、三次元培養用担体上で増殖させた細胞を移植することにより治療に応用する方法が多く用いられる。この際、保存しておいた細胞の回収率、生存率や付着性が不十分なため、満足な結果が得られないという問題がある。また、入手が困難な細胞を有効に回収するためにも、より効率的に細胞を凍結保存できる方法を確立する必要がある。そこで本研究では、再生医工学に用いる細胞源に適した細胞の凍結保存法を開発することを目的として、解凍後の培養に適している多孔質の PVF (polyvinyl formal) 樹脂を用いた細胞の凍結保存法について検討した。

(実験方法)

細胞はマウス由来の線維芽細胞である NIH/3T3 を用い、培養には10% 血清を加えたDMEM培地 (Dulbecco’s modified Eagle medium) を用いた。また細胞の凍結保存には、凍結保護剤として10% dimethylsulfoxide DMEM に添加した。三次元培養用の担体として、2×2×2 mmの立方体状に細切した PVF樹脂 (平均孔径130 um) をコラーゲンコートして用いた。細胞の PVF樹脂ヘの固定化は遠心操作により行い、凍結保存は液体窒素中で約10日間保存した。

実験は、通常の凍結方法においては、1) 細胞を浮遊状態で凍結保存、2) 回収後に PVFに固定化し、3) 次いで三次元培養を行ったのに対して、固定化保存法では、1) PVFに固定化したのち、2) 凍結保存し、3) 解凍後に三次元培養を行った。各ステップにおける細胞数と細胞生存率は、それぞれトリパンブル−染色、DNA 測定法により求め、両者の結果を比較した。

(結果および考察)

まず通常の凍結方法においては、凍結保存後の生細胞の回収率は 73.6%、回収後のPVFヘの固定化率は63.3% であり、全体としては、得られた細胞のうちの 46.6% が培養に使用された。一方、固定化保存法では、PVF ヘの固定化率は 82.7%、保存後の固定化細胞の回収率は 76.4% であり、全体としての効率は 63.2% であった。

これらの結果から、回収率に関しては PVF に固定化しても浮遊状態で凍結保存してもほとんど差がなかったのに対して、固定化効率については、通常法における解凍後の細胞の効率は、固定化法よりも 10% 以上低かった。従って、通常法では、凍結保存することによって細胞の PVF への接着力が弱まり、そのために全体としての細胞の利用効率は低くなることが明らかになった。なお、解凍後の細胞の三次元培養における増殖速度については、両者に明確な差は認められなかった。

 以上の結果から、三次元培養においては、細胞を固定化したのちに凍結保存する固定化保存法は、通常法に比べて有効に細胞を利用できることが示された。