トランスポゾンを用いたイエバエの形質転換

                    冨石 雄也        指導教官:本田 洋

 

<導入>

衛生・不快害虫であるイエバエ(Musca domestica)は世界的に広く分布し、殺虫剤を用いた防除が行われてきた。しかし近年、他の害虫と同様に薬剤に対して耐性を獲得したものが現れてきたために、殺虫剤に代わる効果的な防除法の開発が様々な手法で考えられている。その中でも最も期待されているものが遺伝子組換え技術を利用した手法である。しかし、昆虫において遺伝子組換えが実用レベルに達しているのはショウジョウバエのみであり、イエバエにおいては芳山ら(2000)によって最初の遺伝子組換えが報告されたが、防除に利用するにはまだ課題が残されている。

幅広い生物種に存在するトランスポゾンmarinerは、その高い転移性から有効な遺伝子組換えベクターであると考えられている。我々の研究グループではmarinerをベクターとしたイエバエの遺伝子組換え技術の開発を行っている。効率的に組換えを行うためにはスクリーニングの際に標識となる表現型が必要不可欠である。そこで本研究では標識遺伝子を含んだ効率的なmarinerの遺伝子組換え系の確立を目的として実験を行った。効率的な組換え系が確立されればこの応用としてさらに付加的な遺伝子、例えば薬剤耐性に関与する遺伝子などを組み合わせることによって、効果的な害虫管理を行うことができると期待される。

<背景>

 これまでにmariner単体によるイエバエの遺伝子組換えが報告されている。また、ハマダラカ(Anopheles gambiae )の眼色遺伝子、トリプトファンオキシゲネース(to)が赤色色素を欠いたイエバエのgreen

系統の体細胞で発現し、眼色を回復させることが確認されている。そこで本研究ではこの2つの研究成果を踏まえ、実際にmarinerto遺伝子を組み合わせたプラスミドをgreen系統のイエバエに導入し、marinerのベクターとしての可能性と、toの標識としての有効性を検証するための組換え実験を行った。

<実験方法>

・イエバエ

眼色変異系統green(図:A)を用いた。この系統はライス大学のL.Meffert氏から譲り受けた。飼育環境は25℃、L:D=16:8条件で飼育した。

・導入プラスミド

ベクタープラスミドp-mos-TOmarinerの中で転移性の高いmos1to遺伝子を組み合わせた系)とヘルパープラスミドpCasperhs-mos1-transposasemarinerの転移酵素を含むもの)を用いた。両プラスミドは早稲田大学人間科学部山元大輔教授から提供を受けた。それぞれ9μg3μg30μlのリン酸バッファーに溶かし、さらに注入の様子を分かりやすくするために食用緑色色素を10%加えたものを卵にインジェクションした。

・マイクロインジェクション

概ね芳山ら(2000)に従った。羽化後約7日のgreen系統の成虫が約500匹入った飼育ケージに30分間産卵培地を入れ卵を集めた。回収した卵はインジェクションに適した発生段階になるように室温(約25℃)で30分間静置した。これを約5%の次亜塩素酸ナトリウム溶液で1分間処理し、コリオン膜を除去した。コリオン膜を除去した卵をスライドガラスの上の両面テープに並べ、シリカゲルで12分間乾燥した後、ミネラルオイル中でガラスキャピラリーを用いて顕微鏡下でインジェクションを行った。

・継代飼育

インジェクションした世代(G0)の成虫をそれぞれ個々に飼育し、green系統のオス、又は未交尾メスと交配して次世代(G1)を作成した。得られたG1成虫の眼色を実体顕微鏡で観察した。

<結果・考察>

合計795個のgreen系統の卵にインジェクションした結果、165匹のG01齢幼虫が孵化し、12匹(メス5匹、オス7匹)が成虫になった。メスにはオリジナルのgreen系統のオス、オスにはオリジナルのgreen系統の未交尾メスをそれぞれ掛けてG1を得た。G0成虫をスクリーニングした結果、眼色の変化は確認できなかった。しかし、G1の@〜Kのファミリーのうち、@、A、C、D、Eの5つのファミリーでオレンジ色から野生型(図:E)に近い赤褐色まで様々な程度で眼色が変化した個体(図:B、C、D)が観察された。これらの眼色の変化はG0に導入されたto遺伝子がイエバエのゲノムに転移したためだと考えられる。この実験における組換え率は約42%(7/12)であったが、これは以前報告のあった別のトランスポゾンpiggyBacと、標識遺伝子にGFPを用いたイエバエの組換え実験の17%(7/41)、marinerのみをインジェクションした実験における組換え率15(4/26)と比較して高い頻度であった。また、ネッタイシマカで眼色遺伝子キヌレニンヒドロキシラーゼ(kh)を標識とし、marinerをベクターとした組換え実験の形質転換率は4%であった。これらの報告と比較して今回の実験は高い組換え率を示したことから、イエバエにおいてもmarinerは遺伝子組換えのベクターとして有効であり、効率的なものであると考えられる。

眼色の変化が遺伝子組換えの結果であるということを分子生物学的に証明する必要があるため、PCRやサザンハイブリダイゼーション等による分析を行い、mos1-to系が生殖系に挿入されているかどうかを確認する必要があるが、mos1-to系による遺伝子組換え技術は現実的なものであることが本実験から示唆された。

 

表:トランスポゾンをベクターとしたイエバエの形質転換 

トランスポゾン

標識遺伝子

注入した卵数

     孵化数

羽化した成虫数

形質転換個体数

     頻度

mariner

        to

 795

165

12

5

42%

*piggyBac

       GFP

     1668

     244

41

7

17%

                                                  (*M.Hediger et  al.  2001

                                                                 B           C                 D           E      

    

 図:green系統、野生型と、組換えによって眼色が変化したG1 A)オリジナルのgreen系統  

B)、C)、D)眼色が変化したG1  E)野生型(YBOL系統)