枯草菌における環境ストレス応答機構と膜タンパク質プロテオミクス

                 西原聡一    指導教官 山根國男

導入・目的

 枯草菌(Bacillus subtilis)は、ゲノム解析により約4100のタンパク質遺伝子をコードしていることが明らかになっている。そのアミノ酸配列より、このうち膜タンパク質が約1300種存在すると予想されている。膜タンパク質は細胞膜の構成因子であり、イオン輸送、タンパク質分泌、細胞内へのシグナル伝達、薬剤耐性、代謝、運動など、その役割は多岐にわたり、生命活動において重要な役割をしている。また、生命活動に必要な環境変化に対応するための応答機構には、環境変化を感知する膜タンパク質と、それに適した代謝経路関連のタンパク質発現や、ストレスによって細胞内で誘導されるストレス応答因子が存在すると考えられる。しかし、このような重要性にも関わらず、膜タンパク質を焦点においたプロテオミクスはその疎水性の高さや他のタンパク質に比べて少量であるという問題点により未だに確立されていない。

 当研究室において、2次元電気泳動法とPeptide Mass Fingerprinting(PMF)法を用いた膜タンパク質のカタログ化が確立された。この系を用いて枯草菌の膜タンパク質が培地条件の違いやストレスによりどのように変化しているかを観察した。これにより、外部環境の変化が膜タンパク質の組成にどのような変化を起こすかを検証した。

方法  

 枯草菌のストレス応答を確認するために、BSA46株(trpC2、SPβ ctc::lacZ)を用いてlacZ活性を測定した。培地はS7培地を使用し、ストレス試薬には、エタノールとNaClを用いた。その結果をもとに、ストレスを与えた後、何分後がストレス状態ピークであるかを検討した。膜タンパク質画分は、枯草菌をフレンチプレスで破壊し、membrane vesicleを得て、これを超遠心と様々な界面活性剤などにより6つの画分に分画して調整した。このうち適切な界面活性剤を含む2つの画分の、2次元電気泳動を行った。この2次元電気泳動のスポットパターンについて、ストレスを与えた株と与えない株で比較した。また、当研究室有賀によって行われたLB培地で培養した株のスポットパターンとも比較した。ストレス付加や培地の違いによって変化したスポットについて、マトリックス支援レーザーイオン化飛行時間型質量分析計(MALDI TOF-MS)を用いてタンパク質を同定した。

結果・考察

 培地をS7培地にすることによって発言が増加したスポットは6個存在し、そのうち同定できた膜タンパク質は、YcdA、YcdH、YqiXであった。これらは、検索ソフトSOSUIにより、全て1つ膜貫通ドメインをもつ。NaClストレスによって発現が低下したスポットで、同定できた膜タンパク質は、YurOと推定される。YurOは、1つ膜貫通ドメインを持つと推定される。NaClストレスによって発現が増加したスポットは2個存在したが、どちらも同定できなかった。エタノールストレスによって変化するスポットについては、現在同定中である。これらの結果から、枯草菌は培地の変化やストレスの有無といった環境変化の中で膜タンパク質の組成を変化させていることが示唆された。

今後の実験計画

 エタノールストレスによって発現が変化したスポットについて、タンパク質の同定を行う。同定できたYcdA、                                                YcdH、YqiXについて破壊株を作成し、S7培地での生育の変化を観察し、ノーザンブロットなどによる確認を行う。今回同定できなかったタンパク質については、再度同定を行う。