エンハンサートラップ系統を用いた
胚期脳で発現する遺伝子のスクリーニング

980810  林  誠
指導教官 古久保-徳永 克男

・目的
 昆虫の脳は哺乳類の脳に比べその構造は非常に単純であるにもかかわらず、学習 、記憶といった高次機能を担っている。昆虫の脳の中でも特にキノコ体といわれる部 位は嗅覚学習の中枢として働いている。キノコ体はその機能や分子遺伝学的な点から 哺乳類の海馬、扁桃体に類似する点が見受けられることから、脳内において非常に興 味深い部位だと考えられる。
 私は遺伝学的手法が非常に発達したショウジョウバエを用いてキノコ体の発生メ カニズムを明らかにすることにより、学習記憶中枢の普遍的発生機構の解明につなが ると考え実験を進めてきた。

・方法
 当研究室で飼育されている677系統のGal-4エンハンサートラップ系統を用いてFig .1に示した交配を行い胚期キノコ体で遺伝子発現ある系統を見つけるためにスクリー ニングを行ってきた。一次スクリーニングとしてβ-gal(lacZ)の酵素活性を利用し X-gal染色を行い候補となる系統を選別した。次に二次スクリーニングとしてこれら の系統に対して、β-galとHRPの抗体染色を行い1細胞レベルという高解像度で観察が 可能な共焦点レーザー顕微鏡を用いて胚期脳で発現している系統を選出した。
 次に、実際に遺伝子を見つけるためGal-4 P因子の挿入位置に隣接するDNAを inverse-PCRにより回収し、その配列を決定した。このデータを基にNCBI (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)を用いてホモロジー検索を行い、さらに Fly Base(http://shigen.lab.nig.ac.jp:7081/)を用いて挿入位置を正確に決定し Gene Xの候補を推定した。

・結果
  一次スクリーニングにより193系統を選別し、更に二次スクリーニングによりキ ノコ体前駆細胞特異的に発現の見られる35系統(fig.2)と、キノコ体をのぞく脳の様 々な領域で発現の見られる34系統を得た。
  これらの系統においてP因子の挿入位置を決定し候補遺伝子を予測した結果、 Activin like proteinであるAlp23B や神経幹細胞の特異性の決定に関わって いる報告がある転写因子であるjumuなどがあげられた。

・今後の展開
 キノコ体で発現している候補として推定された遺伝子についてその機能を明らか にするために、すでに突然変異体がとられている遺伝子については、変異体脳が示す 表現型がどのようになっているか観察を行う。また、突然変異体がとられていない候 補遺伝子に関してはRNAiによりその活性を抑制しどのような表現型が現れてくるか観 察する。