概日リズム形成におけるVIP(Vasoactive intestinal polypeptide)の役割
−VPAC2受容体ノックアウトマウスを用いた解析−

氏名:原浦 麻衣
指導教官:Dr.Hugh.D.Piggins (Manchester University), 山岸 宏 

1、背景・目的
哺乳類においては、間脳の視床下部に存在する視交叉上核(Suprachiasmatic nuclei,SCN)が生物時計の重要な役割を担っている。生物時計はそれ自身が内在的に時を刻んでいるが、同時に光、温度などの環境変化に対応して時計の時間を合わせている。SCNには概日リズムに関係すると考えられる多くの神経ペプチドや伝達物質が存在し、また直接網膜からの神経入力を受けていることが知られている。VIP(Vasoactive intestinal polypeptide)はSCNの網膜からの入力が分布している領域に多く存在し、網膜からの情報を統合して外界の明暗情報をSCN内外のほかの細胞に中継するという役割を果たしているとされるが、VIPの内在的生物時計における役割は未だ研究されていない。本研究はSCNに存在する2種のVIPに対する受容体の内、VPAC2受容体を欠いたノックアウトマウスを用いてVIPとVPAC受容体の内在性概日リズム形成における役割を明らかにすることを目的とした。

2、材料と方法
VPAC2受容体を欠いたノックアウトマウス(408KO)と、対照実験用として408KOの親の系統であるC57BL/6と129/Olaのマウスを用いた。各マウスでVIPに加えてSCNに存在するその他のホルモンやその受容体を免疫組織染色法で調べ、VPAC2受容体の分布以外に何らかの差があるかどうかを検討した。また電気生理学的手法を用いて、厚さの350μmのSCNを含む脳スライス標本から、単一ニューロンの活動を細胞外記録した。5分以上安定した記録を行った後、0.1μMのVIPを5分間還流投与して、それに対するニューロンの自発活動の変化を調べた。また厚さ500μmの脳スライス標本を用いて、5分間ごとニューロンを変えながら、8時間以上に渡ってSCNのニューロンから自発活動を記録し、15分間隔で1時間ごとに発火頻度を平均して、ニューロンの平均発火頻度の変化を調べた。

3、結果
免疫組織染色 3種類のマウスの間でSCNの形態に顕著な違いは認められず、VIPも類似の密度で存在していた。また408KOマウスにおいて、SCNに存在する特定のペプチドに対する受容体が対照のマウスと比較して著しく多く発現されていたが、その他には大きな違いは見られなかった。VPAC2受容体については適当な抗体が入手できず、検討できなかった。  電気生理学 VIPの投与に対して408KOのマウスのSCNにおいては、記録した60のニューロンのうち78.3%が興奮性及び抑制性のいずれの応答も示さなかった。一方他の2種では、それぞれ記録した15のニューロンのうち53.3%および 33.3%が応答を示し、いずれにおいてもその内13%が抑制性であった。SCNのニューロンの自発性活動の平均発火頻度は、対照の2種のマウスでは光照射後6〜7時間後にピークが見られたが、408KOでは36時間に渡ってピークが見られなかった。

4、考察
これまでの研究で,SCNニューロンの自発性発火頻度には概日リズムがあり、12h:12hの明暗周期で光照射開始6〜7時間後に、その頻度が2〜3Hz増大してピークを示すことが知られている。対照実験と異なり、408KOマウスでピークが存在しなかったことから、408KOマウスは内在性リズムを欠いていると考えられる。一方VPAC2受容体は、VIP以外にSCNに存在する PACAPと呼ばれるペプチドと同等の親和性を持っているので、内在リズムの欠落がいずれによるものかは判定できない。しかしVIP受容の障害による可能性は高いと思われる。また少なくともVPAC2受容体は SCNニューロンの活動の同調や発火頻度の調節に関与していると言える。