『網膜神経組織の再生過程におけるギャップ結合蛋白質(コネキシン)の分子生物学的同定』

生物学類4年次 福富明子  指導教官:斎藤建彦教授

〔導入・目的〕

 近年、分子生物学的アプローチにより中枢神経系の発生・分化に関わる遺伝子群が次々に明らかにされ、それらの時空間的な発現パターンの解析が進みつつある。その一方で遺伝子発現の多くは細胞間の相互作用によって制御されていることも知られつつある。そこで、神経系の発生・分化・再生のメカニズムを真に理解するためには、それぞれの過程で発現する遺伝子の発現様式を明らかにするだけでなく、細胞間の相互作用も考慮した研究が必要である。細胞間の相互作用は多岐にわたるが、その中でもギャップ結合は細胞間相互作用を担う重要な一形式である。

ギャップ結合は細胞間連絡の場であり、隣接する細胞同士はその二枚の細胞膜を貫くチャネルを介してイオンや化学物質の細胞間移動を可能にしている。ギャップチャネルはサブユニット蛋白質である4回膜貫通型蛋白コネキシン(connexin; Cx)の6量体である。コネキシン分子は組織や細胞の種類によってタイプが異なっており、中枢神経系ではこれまでに十数種類報告されている。当研究室では既にイモリ網膜の再生系においてCx43が神経前駆細胞で発現し、細胞分化に伴い消失するすることを報告している。私はイモリ網膜の発生・再生過程におけるギャップ結合の役割に興味を持ち、イモリの発生過程におけるコネキシン分子の時空間的配置とその推移を免疫組織化学により明らかにし、再生過程の結果と比較することを目的とした。また、イモリのCx43の遺伝子を単離し、その発現パターンをmRNAのレベルから調べることも試みた。

 

〔材料・方法〕 

1)             免疫組織化学法によるコネキシン蛋白質の局在の解析

 イモリ発生胚の凍結切片を作製し、Cx43に対する市販のポリクローナル抗体を用いてイモリの発生過程におけるCx43の形成パターンを調べた。

2)RT-PCR法を用いた再生過程の時系列におけるCx43mRNAの解析

 各再生時期の網膜からmRNAを抽出し、Cx43の既知の配列をもとに設計したプライマーを用いてRT-PCRを行い、各時期で発現しているCx43の有無・量・配列を調べた。

3)in situ ハイブリダイゼーション法によるコネキシンmRNAの局在の解析

 正常網膜のcDNAからPCRにより得られたCx43の配列を用いて標識されたアンチセンス鎖とセンス鎖(コントロール)のRNAプローブを作製した。網膜を手術において外科的に除去した成体イモリから網膜再生過程の各段階における眼球を摘出して凍結切片を作り、作製したプローブをハイブリダイズしてCx43遺伝子の時空間的発現パターンを見た。

 

〔結果・考察〕

 イモリの胚発生中において、Cx43は網膜細胞全体が活発に分裂・増殖している時期の細胞間に点状に多数観察された。その後、網膜の発生が進み神経分化が始まると、Cx43は次第に消失し、シナプス層が形成される時期になると、網膜辺縁部の未分化細胞にのみその局在がみられた。さらに発生が進むと、一度消失したCx43は外境界膜(ミュラー細胞がその先端部側面で互いに結合して膜構造を形成している所)に再び観察されるようになった。これらの結果は再生過程のCx43の発現様式と類似していた。

 RT-PCRからは再生初期に発現しているCx43と分化後に再形成されるミュラー細胞のCx43が、それぞれ同じ遺伝子に由来するものであることが確かめられた。in situ ハイブリダイゼーションはバックグラウンドを抑え期待されるシグナルが単独で得られるような反応条件を現在検討中である。

発生・再生初期の未分化細胞同士はCx43を介したギャップ結合により連絡しており、分化に伴いそれらが消失していくということは、発生と再生の両過程においてこの分子が細胞増殖と細胞分化に重要な役割を果たしていることを示唆している。つまり、神経前駆細胞においてはCx43を介したギャップ結合で細胞内環境を共有することによって未分化を維持、あるいは分化を抑制する機構が働いているが、何らかの分化シグナルを受けてギャップを失うことによって、その細胞は外部環境因子の影響を受けやすくなり、その結果新たな文化的形質を発現し、細胞の個性化へと進んでゆくのではないかと考えられる。

 

〔展望〕

今後はin situ ハイブリダイゼーションの条件を確定し、発生・再生過程のCx43の遺伝子発現をとらえたいと考えている。将来的には発生胚でのホールマウントin situ ハイブリダイゼーションも行いたい。また、得られた塩基配列を用いて発生・再生過程の細胞に過剰発現や発現抑制を起こすことでCx43の具体的な機能を調べることができるだろうと考えている。