ホトケドジョウ類の遺伝子解析と、系統保存

ホトケドジョウ類の遺伝子解析と系統保存

三原基広  指導教官 宮崎淳一

導入・目的

 ホトケドジョウ類はドジョウ科フクドジョウ亜科に属する純淡水魚である。現在、ホトケドジョウ属としてホトケドジョウ(Lefua echigonia)、エゾホトケドジョウ(Lefua nikkonis)とヒメドジョウ(Lefua costata)が記載されているが、最近これらとは形態学的にも生態学的にも異なるナガレホトケドジョウ(Lefua sp.)が発見された(細谷、 1993・細谷ら、 1994)。これらの系統関係は、当研究室において検討されてきた。ミトコンドリアDNAD-loop領域の遺伝的解析により、ホトケドジョウとナガレホトケドジョウはそれぞれ単系統群であり、両者が形成するクラスターはエゾホトケドジョウと中国大陸に分布するヒメドジョウの形成するクラスターと姉妹群となることが明らかとなった。また、ホトケドジョウは4つの集団(近畿集団・関東集団・東北集団・北陸集団)に分けられることが示され、その集団分布は広く研究されているメダカのものと近似していた。メダカとホトケドジョウの集団分布の一致は、日本淡水魚全体の分散と種分化の歴史を反映している可能性があり興味深い。しかし、ホトケドジョウの集団のいくつかは非常に少数のサンプルの遺伝的解析に基づいているので、より多くのサンプル用いた詳細な研究が必要である。

 また、ホトケドジョウとナガレホトケドジョウはレッドデータブック(環境庁)により絶滅危惧種に指定されている生物で、その個体数は減少傾向にあり保護が求められている。本研究では、ホトケドジョウ類の保護とその生息環境である里山の保全を念頭において系統保存の指標を得るために、豊川水系内の個体群の遺伝的解析を行った。絶滅に瀕している生物はホトケドジョウ・ナガレホトケドジョウだけでなく多数存在しており、本研究はそれらの生物の保護を考える上で指針となるデータを与えることが考えられる。絶滅種が増加していく中でこのような研究が必要不可欠であると考えられ、希少生物の保護に大いな貢献をしうると考えている。

材料・方法

 ホトケドジョウは神奈川県(境川と生田緑地)、岐阜県、山形県より採取された。ナガレホトケドジョウは愛知県設楽町(豊川水系)・額田町(矢作川水系)より採集された。エゾホトケドジョウは長野県上田より採取された。ヒメドジョウ、エゾホトケドジョウ、アウトグループとして用いたフクドジョウのデータは先行研究により得られた。

 ホトケドジョウ類よりミトコンドリアDNAを抽出し、コイ(Cyprinus carpio)とドジョウ(Corossostoma lacustre)の配列に基づいてデザインしたプライマーを用いてPCRによりD-loop領域を特異的に増幅した。Direct Sequenceにより塩基配列を決定し、その塩基配列(1000bp)を系統解析に用いた。

結果・考察

 

 

 

 *系統樹をクリックすると大きく表示されます。

 

 ミトコンドリアDNAD-loop領域の比較により推定されたホトケドジョウ類の系統関係を図1に示した。系統樹より、今回用いたサンプルが各々下記の集団に属した。

・神奈川生田緑地(ikutaryokuti)→関東集団

・神奈川境川(sakaigawa) →関東集団

・岐阜県(gifu)      →近畿集団

・山形県(yamagata)      →北陸集団

 この結果は、日本産ホトケドジョウが4集団に大別されるという先行研究の結果をさらに追証するものとなった。また、系統樹においてホトケドジョウとナガレホトケドジョウはそれぞれ単系統を形成するので、これらは別種である可能性が高い。このことは、先行研究の蛋白質の二次元電気泳動で得られた結果と一致した。ヒメドジョウとエゾホトケドジョウは別種として記載されているにもかかわらず、今回の結果は遺伝的には両者が別種とはいえないほど近縁であることを示した。今後、韓国や中国のヒメドジョウを入手してこの点を詳細に検証する必要があると考える。

 豊川水系、矢作川水系のサンプルを含むナガレホトケドジョウの系統関係を図2に示した。ミトコンドリアDNAにおいて最も進化速度の速いとされているD-loop領域で顕著な差違が確認できないことから、愛知県設楽町・額田町のダム建設予定地における個体群は、遺伝的に非常に近縁な個体から構成されることが示された。