マウス造血幹細胞を用いた破骨細胞の分化制御機構に関する研究

学籍番号980836 山下 直也   指導教官 坂本 和一

【導入・目的】
 骨は、生体の支持と運動を司る器官であるため 静的な器官のように思われがちであるが、実際は体内のカルシウムバランスの 維持や力学ストレスに対応するために常に活発に作り替えられている。骨量や 骨強度は、骨を形成する骨芽細胞と骨を吸収する破骨細胞との機能的平衡、す なわち骨形成量と骨吸収量のバランスにより決定される。従って、このバラン スに異常が生じると、骨粗鬆症や大理石骨病のような骨代謝疾患を招く結果と なる。
 一般に、骨の代謝には様々な生理活性物質が関与しているが、局所ホルモン の1つであるプロスタグランジン(PG)も骨代謝に深く関与することが知られて いる。なかでもPGE2は、副甲状腺 ホルモンや活性型ビタミンDなどと共に骨芽細胞を含む間葉系細胞に作用し、 RANKL(Receptor Activator of NF-κB Ligand) の分泌を促進することにより破骨細胞の分化や成熟に関与している。一方、 RANKLの受容体であるRANKは破骨細胞の膜表面上に存在することから、破骨細胞 の分化には骨芽細胞と破骨細胞前駆細胞との間の物理的接触が必須であるとされている。 従って、in vitroの培養系で破骨細胞を形成させる場合には、一般に骨芽細胞と 造血幹細胞を骨吸収因子の存在下で培養する共存培養系が広く用いられている。これに対し筆者は、 PGE2が造血幹細胞に直接作用して破骨細胞の分化を調節する可能性もあるのではないかと考えた。 そこで本研究は、破骨細胞の分化を制御する新規シグナル経路を解明する事を目的に、 マウス骨髄細胞から分離した造血幹細胞を用いて、PGE2刺激による遺伝子発現の変化や PKAとPKCの活性変化などの解明を試みた。

【方法】
 Sephadex G-10カラムを用いて、マウスの大腿骨と脛骨由来の骨髄細胞から 骨芽細胞を含む間葉系細胞とマクロファージを除去し、得られた造血幹細胞に破骨細胞の分化に必須な サイトカインであるM-CSF(Macrophage Colony Stimulating Factor)と RANKLを加えて破骨細胞に分化させた。培養するにあたり、 (1)添加するPGE2の濃度の違い(0、10-10、10-9、 10-8、10-7、10-6M)、 (2) PGE2の添加時期の違い(培養開始時〜6日後、 培養開始時〜2日後、培養2日後〜4日後、培養4日後〜6日後)、(3)添加するRANKLの濃度の違い (0、10、50、100 ng/ml)など、PGE2とRANKLに対する 環境を変化させて6日間培養した。培養後、TRAP(酒石酸耐性フォスファターゼ)染色を行って破骨細胞を 特異的に染色し、顕微鏡の一定視野あたりの数を測定することにより破骨細胞の分化促進効果を評価した。
 また、M-CSFとRANKL存在下で1.5日間(分化前)あるいは6日間(分化後)培養し、 RNAを抽出してRT-PCR法によりPGE2受容体(EP)サブタイプ(EP1〜EP4)の発現を調べた。 さらにPGE2を0、10-8、10-6M添加して培養し、 EP1〜EP4を始めとしてRANKL/RANK、M-CSF/c-fms(受容体)、PU.1、c-fos、c-jun、カテプシンKなど、 破骨細胞の分化や機能性に関わる因子について、分化前と分化後の細胞におけるmRNAの発現変化も調べた。
 また、分化前と分化後の細胞にPGE2を0、10-8、10-6M添加し、 その結果生じるPKA(Protein Kinase A)とPKC(Protein Kinase C)の活性変化を調べることにより、 シグナル経路の同定を行った。

【結果・考察】
 本研究の結果、PGE2は直接に造血幹細胞に作用し、 低濃度(0〜10-7M)では濃度依存的に破骨細胞の分化を促進してTRAP陽性の多核細胞の数を 増加させることが分かった(※)。また、培養開始後2日以内にPGE2を作用させた場合にのみ、 破骨細胞の分化の促進効果が観察された。さらに、EP1、EP2およびEP4は、分化前と分化後で共に その発現が確認されたが、EP3は分化前でのみ発現が確認された。また、分化前の細胞において、 EP3の発現が低濃度(10-8M)のPGE2刺激により上昇し高濃度(10-6M)の PGE2刺激により減少すること、さらに分化後の細胞において、 RANKの発現が低濃度のPGE2刺激により上昇し高濃度のPGE2刺激により減少することなどが分かった。 さらに、分化前の細胞では低濃度のPGE2刺激によりPKAとPKCの活性が減少し、 一方、分化後の細胞ではPGE2の濃度依存的にPKAとPKCの活性が上昇することが分かった。
 以上の結果から、PGE2は骨芽細胞ばかりでなく造血幹細胞にも直接作用すること、 低濃度のPGE2刺激は、EP3を介してPKA(及びPKC)の活性を減少させて破骨細胞の分化を 誘導すること、また、高濃度のPGE2刺激はEP3とRANKの発現を抑制することにより、 分化の促進を抑制していることなどの可能性が示唆された。

※ 参考: 筑波大学生物科学系修士論文,藤田大輔,2000年