エチレンにより誘導されるキュウリの雌花形成に関与する遺伝子の探索

     渡辺洋介            指導教官:酒井愼吾     

(背景・目的)キュウリは雌雄同株植物であり、同一個体に雌花と雄花をつける。その性発現パターンはある程度遺伝的に決まっており、一般に下位節で雄花形成能が高く、上位節にいくに従って雌花形成能が高くなる。一方でこのようなキュウリの性発現パターンは植物ホルモンの一つであるエチレンによって制御されており、エチレン発生剤であるエセフォンを処理すると雌花化が誘導され、エチレン生合成阻害剤であるAVGを処理すると雄花化が誘導される。また雌花のみをつける雌性型品種では混性型品種に比べエチレン産生量が高いということが報告されている。しかしながら、エチレンがどのような機構で雌花形成を誘導しているのかという知見はほとんど得られていない。そこで当研究室ではエチレンの作用機構を解明するためにエセフォン処理によって発現の変化する遺伝子をDifferential displayを用いてスクリーニングしてきた。その結果、雌花形成に関与する遺伝子の候補として2つの遺伝子(ERAF1617)が単離された。しかしながら発現量が低いために、発現解析の際にtotal RNAを用いたノーザン解析で検出限界以下だった遺伝子が数多く存在した。私はこれらの遺伝子の中に雌花形成に関与する遺伝子があると考え、本研究ではそれら発現量の低い遺伝子について解析を行い、雌花形成に関与する遺伝子を単離することを目的としている。

(方法・結果) Differential displayによって得られたクローンのうち発現量が低いため未解析のまま残っているクローンは130ある。発現解析の感度を上げるためにtotal RNAの代わりにmRNAを用いることを考えたが、全てのクローンに関してmRNAを用いたノーザン解析を行うことは時間がかかると考えた。そこでこれら130のクローンから雌花形成に関与する候補遺伝子を絞っていくために以下のような方法を用いた。まず未解析のまま残っている遺伝子を全てメンブレンにblottingし、全く同じメンブレンを2枚つくった。それぞれのメンブレンにラベルした霜不知地這(しもしらずじばい)(雄花形成能の高い混性型品種)mRNAとれんせい(雌花のみをつける雌性型品種)mRNAをハイブリさせることで霜不知地這とれんせいで発現の異なる遺伝子をスクリーニングした。その結果以下のような遺伝子が雌花形成に関与する遺伝子の候補として挙げられた。

clone

expression

DNA size(bp)

homology

2c9-1c-3

霜不知地這>れんせい

220

  receptor-like serine-threonine kinase

2g12-1c-9

霜不知地這<れんせい

450

  acid phosphatase

2c10-2c-2

霜不知地這>れんせい

500

  metallothionein

2a16-2c-2

霜不知地這<れんせい

260

  -

2a17-1c-4

霜不知地這<れんせい

240

  -

2a11-2c-4

霜不知地這<れんせい

350

  -

2a16-3c-2

霜不知地這<れんせい

180

  -

2g12-1c-9はれんせいで、2c10-2c-2は霜不知地這で発現が強く、それぞれアミノ酸配列でシロイヌナズナのacid phosphataseと、ソラマメの金属によって誘導されるタンパク質の一種であるmetallothioneinホモロジーが高かった。2c9-1c-3は霜不知地這で発現が強く、アミノ酸配列でシロイヌナズナのreceptor-like serine-threonine kinaseとホモロジーが高かった。その中の1つであるシロイヌナズナのRKF1は発生初期において雄ずい原基で発現することが報告されている。2c9-1c-3が雄花形成能の高い霜不知地這で発現が強かったことから、2c9-1c-3も雄ずいで発現し雄花形成に関与している可能性が考えられる。その他のクローンについては高いホモロジーを示すものはなかった。

今後はこれらの遺伝子についてRACEにより全長cDNAを単離した後RT-PCRを用いて詳細な発現解析を行うことによって、雌花形成への関与を検討していきたいと思う。