ハプト植物におけるRubiscoの反応特性の解析

筑波大学生物学類4年次 渡辺芳武
担当教官:白岩善博教授

研究背景・概要:
海洋性微細藻類である ハプト藻類は、四重膜の葉緑体や ハプトネマ を持つことなどから系統分類学上ユニークな位置に分類されている。彼らは海洋環境に対して大きな影響を引き起こすポテンシャルを持つにも拘わらず、その生理学的解明はあまり進んでいないのが現状である。植物プランクトンは水中のCO2を炭素源として 光合成炭素同化を行う。その最初の細胞内CO2固定プロセスには二酸化炭素固定酵素である Rubisco が関与している。本酵素は二酸化炭素のほかに酸素に対しても親和性を持つことから、酸素分子との反応をも触媒し,その結果植物の炭素固定効率が低下する。狭義の「光呼吸」と呼ばれるこの反応は,過剰光エネルギー条件や高酸素濃度,低CO2濃度下で特に誘発される。このため、植物は ATP を消費して 光呼吸経路 を回すことで、この不利な条件での光合成を維持している。このRubiscoの酸素固定反応を抑えることが出来れば,エネルギーを生産面に回すことができるため、炭酸固定能の増加が期待できるが,不利な条件での光合成阻害を克服する必要もある。
ところで,本研究室の先行研究において,ハプト植物では光合成時の炭酸固定に寄与するRubisco,及び光呼吸経路の性質が他の植物と異なっているという可能性が示されたため、今回そのハプト植物門に属する2種類の生物を用いて検討を行った。精製したRubiscoを一定条件下で反応させ、そこから得られた反応産物である3-ホスホグリセリン酸及びホスホグリコール酸を定量することで、RubiscoによるCO2/O2固定比(τ)を算出できる。τ値が高ければ光呼吸反応が低いことを意味することになる。またその一連の実験を介して、それら生物のRubiscoの反応特性についても新たな知見を得ることが期待できる。
本研究では,ハプト藻のRubisco反応特性を解析し,進化系統的位置の追究と共に,光合成の炭素代謝機構を明らかにすることを目的とした。

実験方法:
光照射下,MA-ESM培地 で通気培養した代表的ハプト藻であるEmiliania huxleyi 及び Isochrysis galbana細胞をそれぞれ遠心により回収し破砕液を得た後,ゲル濾過クロマトグラフィを行ってRubisco精製画分を得た。Rubisco活性は14Cで放射能ラベルしたNaHCO3を基質として用い,酸安定な放射活性を定量することで測定した。一方τ値は,O2/CO2比が一定のガスを吹き付けながら、基質である RuBP とで一定時間反応させ、その反応産物を液体クロマトグラフィにかけて分析を行った。反応産物の量からRubiscoのτ値を算出した。

結果・考察:
これらの生物から抽出されたRubiscoは硫酸アンモニウムなどの添加や冷凍、経時変化などに対して非常に不安定な性質を持っていたことがわかった。 Spinacia などの他の植物のRubiscoと比べるとその不安定さは際立っていた。またEmilianiaにおけるRubisco反応の結果では、オキシゲナーゼ反応の反応産物であるホスホグリコール酸がまったく検出されなかった。このことは即ち、この生物のRubiscoが基質であるRuBPと酸素との結合を触媒していないという可能性を強く示唆している。この結果がRubiscoのオキシゲナーゼ活性の欠如や光呼吸の存在を直ちに否定するものではないが、ハプト植物の代謝系は他の植物群には見られない特異な性質を有していることだけは確実である。今後さらに詳細な解析を行うと共に,ハプト藻の別の株を用いても同様の検証を行う予定である。



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