つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2002) 1: 106-107.

巻頭言

創刊号の製本と独立法人化に向けた取り組み

林 純一 (筑波大学 生物科学系)

 幼児の頃、寝る前に母がいつも話してくれたたくさんの物語の中で、今でも覚えているのは「蜘蛛の糸」と「姥捨て山」である。月刊「つくば生物ジャーナル」の創刊を思いついた時、なぜかこの「姥捨て山」のことが連想され、しばらくのあいだ自分の幼児期のなつかしい思い出にふけってしまった。この話には年寄りの経験を大切にしなさいと言ういわば教訓めいたところがある。 卒業生や退官された教官を「姥捨て山」の姥にたとえるなどとんでもない、とおしかりを受けそうであるが、2年後の独立法人化をひかえさまざまな難題が降りかかり、諸先輩の力も借りてこれらの問題を乗り越えて行くには本誌の刊行が一番であったと思う。しかし、創刊号に多数寄せられた素晴らしい論文の数々を読んでいると、このジャーナルは難題を先輩諸氏の知恵を借りてクリアするなどというような消極的なものではなく、これまでの制約 から解放された独創的な教育組織を構築し展開していく上でも有効に活用できるとてつもなくスケールの大きいものであることが浮き彫りになってきた。

 そこで是非ともこの月刊誌創刊という独創的取り組みを、もっと積極的に学内外にアピールすべきだと思った。おそらく最も有効な手段の一つは創刊号をきちんと印刷製本し、それを著者や生物学類関係者はもちろん、筑波大学学長、副学長をはじめとする大学執行部、さらには学外の教育関連施設に配布することではないだろうか。ところが印刷製本と郵送に必要な経費は学類経費ではとても捻出できない。そもそもこの月刊誌はオンラインジャーナルなのだ。だからこそこの種の経費は一切かからず、我々のようなお金のない教育組織でも発行できると考えていた。 しかし、少なくとも創刊号は上記の必要性からも印刷製本する必要に迫られた。

 この種の資金調達が可能なのは学長裁量経費であることから、第二学群長、教育担当副学長、総務担当副学長にこの月刊誌創刊の経緯を説明した。その結果、生物学類が全国に先駆けて始めたこのユニークな取り組みは極めて高く評価され、少なくとも創刊号の印刷製本の経費をカバーしてもらうことになった。ただし、学長裁量経費は創刊号の後の全ての号の印刷製本にかかる経費には適用できにくい。このため、今のところ創刊号以降の号は各自が印刷するという本来のオンラインジャーナルのスタイルになる可能性が強い。しかし、今後もあらゆる機会を見つ けてこれらの諸経費を外部資金獲得によって調達できるよう努力するつもりでいる。そしてそれが採択された時点で過去に遡って全ての号を製本印刷できればと思っている。いずれにしてもこの月刊誌を通して、生物学類同窓会の潜在力の規模がとてつもなく大きいものであることを強力に宣伝していきたいと思っている。  現在、生物学類が検討すべき課題はたくさんある。入学した学生に心から満足してもらえるような学習プログラムの整備は当然と して、さらに生物学類の知的財産を社会還元することや国際交流など、枚挙すればきりがないくらいである。たとえば、すでにこの号の特集[1-3]で取り上げたような「エルネット(el-Net)・オープンカレッジ」や「大学等地域解放推進事業・理科数学離れ対策」への取り組みなどがあげられる。さらにインターンシップ(就職体験)参加、高校への出前授業(大学模擬授業)、高校教師公開講座の開設、ファカルティーディベロップメント対策、TAによる補習授業、不登校対策等目白押しである。

 おそらく今後も、独立法人化によってますますこのような新たな取り組みを要求される場面が多くなるはずであ る。しかしそれらがすでに別の大学で行われ成功したから同じことをやりなさいと言われ、すべて追随するのでは あまりにもやりがいがない。その意味からも本誌は筑波大学生物学類が新たな独創的な取り組みの先頭を常に走るための決定的な知恵袋として活用できるに違いない。そもそもこのジャーナルそのものが独創的存在なのである[4]。 そしてこの月刊誌をキーステーションとして、今後生物学類の取り組みに対する意見の発表、議論がなされること で、生物学類関係者の英知を結集し生物学類の独創的アイディアをどこよりも早く展開し社会に情報発信していきたいと思っている。さらにこの月刊誌の刊行は、生物学類は優れた独創的な教育改革に取り組む拠点教育組織にふさわしいとして高く評価されるものと期待している。この月刊誌の継続と、生物学類のますますの発展のためにも多くの読者からの気軽な投稿を心からお待ちしている。

参考文献
  1. 林純一:平成14年度文部科学省「エルネット(el-Net)・オープンカレッジ」への参加 つくば生物ジャーナル  1:108-109, 2002.
  2. 青木優和:下田臨海実験センターにおける大学開放事業−「下田の生物探検隊」までの経緯− つくば生物ジャー ナル 1:110-111, 2002.
  3. 宮崎淳一:連携的科学技術・理科教育推進事業(サイエンス・パートナーシップ・プログラム事業)先行的調査研究の実施 つくば生物ジャーナル 1:112-113, 2002.
  4. 林純一:つくば生物ジャーナル、Tsukuba Journal of Biology 創刊の経緯 つくば生物ジャーナル 1:2-3,  2002.
Contributed by Jun-Ichi Hayashi, Received September 17, 2002.

©2002 筑波大学生物学類