つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2002) 1: 124-125.

シリーズ:筑波大学、生物学類のアドミッションセンター入試(AC入試)と今後のあり方 (その1)

生物学類AC入試の基本理念

林 純一 (筑波大学 生物科学系、 平成12年度(初年度)AC専門委員)

 生物学類のアドミッションセンター入試(AC入試;大学によってはアドミッションオフィス入試、つまりAO入試 ともいわれる)は今年度で3回目を迎えた。入学定員が3名のところ、現在すでに2年次生が4名、1年次生が3 名在籍しており、そろそろそのあり方について議論する時期になった。そこで、今回からシリーズでこの生物学類 AC入試に携わった教官や入学した学生を中心に、生物学類のAC入試のあり方について意見を書いてもらう。できれば、このシリーズをご覧になった読者からの忌憚のないご意見をいただきたい。その上で生物学類のAC入試の今後 のあり方をめぐる議論の参考にしていきたいと思う。

 筑波大学ではAC入試は今から4年前にスタートし、第二学群では2年遅れて3年前からスタートした。その辺の事情は詳しく理解していないが、現在では医学専門学群と社会学類以外のすべての学類がこれに参加している。筑波大学のAC入試の合い言葉は、ベストワンよりオンリーワンであり、偏差知的学力を重視しない。むしろ一芸にひいでた輝く個性を持ち、やる気にあふれた受験生の自己アピールが選考の重要なポイントとなる。もちろん浪人生や社会人も対象である。これらの点が現役生徒を対象とした校長推薦に限定されている推薦入試とは際だった違いなのである。

 AC入試のもう一つの特色は、入学者を選抜するための特別な専門機関(アドミッションセンター)があり、その機関に所属する専門の教官や事務官がこの入試を取り仕切る点である。当該学類から選出された数名の教官に加えて、このACセンター専属の教官1名が加わったスタッフで選抜が行われる。そしてこの選抜の基本的理念は、いわゆるペーパーテストに偏重している入試とは異なり、受験生の活動報告書、自己アピール書、高校の調査書などに対する書類選考と面接による人物評価なのである。

 ただし、その中にあって生物学類はセンター試験も課している。筆者は生物学類がはじめてAC入試を行った時の専門委員であり、前学類長の小熊 譲(生物科学系 教授)とともに特にセンター入試の導入にこだわった。もちろん生物学類教員会議でも十分な議論をした上であるが、結果的に生物学類だけがセンター入試を課している状況となった。以下に生物学類のAC入試の特色と生物学類がセンター入試を課している理由をまとめた。

生物学類AC入試の対象者

(1) 推薦入試と違い、優等生である必要はない。一般入試で合格できる偏差値的学力を持たないかも知れないが、生物学分野でユニークな活動実績をあげた生徒、生き物や生物学に特に思い入れのある生徒。すなわち、この入試では偏差値では表現できない重要な個性と学力、例えば生物研究の企画、立案、調査、まとめなど、自ら問題点を見いだし論理的に解決できる能力と、そのことを客観的にアピールできる情報発信能力を評価する。

(2) 生き物や生物学が大好きで学校の成績も良いのに、たまたま数学や物理を理解する能力に先天的欠落を持つ(数学音痴など)ため、それがネックになっていくら努力しても一般入試で国立大学の理学部にある生物学科に入学で きないが、生物学類入学後のカリキュラムを遂行することが期待できる生徒。ただし、学校という体制になじめない生徒は対象としない。

生物学類がセンター入試を課す理由

 現在、筑波大学の中で生物学類だけがセンター入試(英語と生物)を課している。偏差値的学力を重要視しないAC入試に生物学類があえてセンター入試を課しているのは以下の極めて重要な理由からである。

(1) ACは偏差値的学力を重要視しないが、入学後の生物学類カリキュラムはその能力を多少なりとも要求している。 きちんと卒業するためにはこのカリキュラムを履修できる最低の偏差値的学力のみならず、試験という制度にプレッシャーを感じてもそれを積極的に乗り越える能力をもっていなければならない。このような最低の偏差知的学力と積極性が欠落していては卒業に必要な単位を取ることができず、これは本人にとっても、また我々にとってもお互 いに不幸な事態となる。

(2) AC入試が最も注目している能力は、自分で問題点を見つけそれを自分の英知を持って取り組み解決できる能力である。その結果、高校の勉強よりも自分の世界に閉じこもり自分の好きなことをとことんやる生徒が合格する可能性が出てくる。それは決して悪いことではないが、大学に入学した後も大学の授業など他からの情報を遮断し、自分の好きなことだけに興じてしまうマニアを育てる恐れがある。多くの受験生が受験勉強によって目指す大学に入学する戦略を取る中で、そのような貴重な時間を生物の研究に没頭するのはギャンブルである。確かに高校生の段階で情熱を持って取り組むテーマがあるのは重要な個性の一つであるが、それは同時に世の中の基準からはずれた単なるマニアで終わる危険性もはらむ両刃の剣でもある。だからこそこのような個性的な生徒にセンター入試を課すことで、他からの情報をきちんと受け入れる努力もできるという柔軟性を求めたい。それはとりもなおさず本人のためにもなる。嫌いなことでも必要なことは最低限できるということは社会に出てからも要求される重要な能力である。

(3) センター入試を課さないと合格発表から入学まで5カ月以上も空白の期間が生じる。二次審査で面接の際、これまであまり学校の勉強をせず特定の生物を趣味としてきた生徒に、センター入試に向けて英語と生物をしっかり勉強するよう激励したい。

(4) センター入試に英語と生物を課している理由。生物を課している理由は、AC入試理念では生き物や生物学が好きな生徒が合格の対象となるからで、物理や化学を選択したい生徒は一般入試で受験してもらう。英語を課しているのは、生物学の研究領域の論文はすべて英語で書かれており、先人の研究成果や最新の情報をきちんと理解するためには英語の読解力が必須である。また自分の研究成果を発表する場合も当然英語で書かなければならない。いかに素晴らしい発見をしても日本語で研究論文を書いた場合、国際的には評価されず、逆にその発見を外国人に盗まれてしまう恐れすらある。

(5) AC入試の理念からすると、センター入試は選抜のためではなくあくまでも資格試験で、前年度前期日程合格者の最低点をクリアするだけでよい。したがって、二次試験に合格した受験生全員が合格してほしいし、そのケースは十分にあり得る。

(6) 一次試験である書類選考には大変な労力が必要である。一次試験の受験者の数が多すぎると、限られたスタッフ が限られた時間で適正な判断をするのが困難になる。少なくともセンター入試を義務づけることで安易な受験を避 けることができ、一次試験の信頼性を確保できる。

 このような理由で生物学類はセンター入試を課してきたが、現在までのところこのシステムは極めて有効に機能 していると思っている。しかし、そろそろこの運用の仕方めぐってもう一度議論し直すべき時にきている。また実際にAC入試で入学した学生にも意見を聞きたいところである。

 我々が、彼等に期待するところは一般入試で合格した学生の刺激になってほしいという点である。一般入試で合 格した学生に生物学を専攻にした理由を聞くと、単にテレビや新聞で話題になって面白かったからというケースが多い。確かに21世紀は生物学の時代ともてはやされてはいる[1]。しかし、その程度の理由で生物学類を選んだ場合は動機が不十分なため、途中で興味が失せてしまい挫折するケースが少なからずある。その中にあってAC入試で合格した学生は生物好きで個性的であることが多い。これからは個性が求められる時代であることからも、AC入試 で合格した学生には注目していきたいし、是非彼等が入学後も一般入試で入学した学生に良い影響を与えてほしいと心から期待している。

参考文献
  1. 林 純一: 特集:大学説明会 学類長挨拶−筑波大学生物学類で学ぶ意義− つくば生物ジャーナル 1:62-63, 2002.
Contributed by Jun-Ichi Hayashi, Received November 6, 2002.

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