つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2002) 1: 140-141.

授業アンケート報告

―生物学類 授業のエッセンス 2002―

佐藤 忍(生物学類カリキュラム委員会)

 大学の独立行政法人化をひかえ、来年度から文部科学省は、教育に力を入れている大学を重点的に助成する「教育COE」とも呼ばれる教育支援プログラムを実施することを表明している。この様な情勢の中、生物学類は卒業生の約8割が進学するという、全学的に見ても飛び抜けた特徴を有しており、現代生物学の飛躍的な発展とともに、ま すます学生の教育に力を入れていくことが必要である。

 生物学類では、退官された牧岡先生のように、すばらしい講義をされることで全学的に有名な先生も居られたものの、その講義の内容や方法は、学生から伝え聞くしか知り得る方法が無かった。これは生物学類にとって大変大きな損失である。現在の生物学類にも、学生からの評判が高く、工夫した授業をされている先生が多く居る。それらの先生の講義に出席してその極意を学ぶことは、生物学類の教官、特にこれから学類教育の中核をになっていく若手教官にとって極めて有意義であるが、時間的にもなかなか許されないのが現状である。

 カリキュラム委員会はこの様な現状をふまえ、「教育COE」へのアプライをも視野に入れ、2002年10月に授業に関するアンケート調査を行った。このアンケートは、各教官を評価するのではなく、生物学類の教育のボトムアッ プ、スキルアップを図ることを目的とした。得られた回答は、11月に、提出された資料とともに冊子「生物学類  授業のエッセンス2002」としてまとめ、全教官の回覧に供した。ここにそのまとめを投稿させていただく。

<アンケート項目>

氏 名

  1. 生物学類で受け持っている講義・実験・実習・セミナー等のうち、自分として最も重要である、または工夫し ていると考えている授業名〔以下の2)〜10)はその授業に関して〕
  2. 使用している機器等(配布しているプリントやOHP原稿などを可能な範囲で添付)
  3. 工夫している点、努力している点 方法: 内容:
  4. 日頃から注意している点、反省点
  5. 内容の改訂の頻度と度合い
  6. シラバスとの整合性の程度
  7. 成績評価の方法
  8. 評価基準
  9. 一番多く付けている評価、そのおよその割合
  10. 学生による授業評価(評価用紙を使用している場合は用紙を添付)
  11. その他、生物学類の授業の内容や方法などに関しての意見
I) 授業の種類と担当教官
 アンケートは生物学類の教授・助教授・講師の計42名に、電子メールで行った。回答者は計32名で、そのうち 22名が講義、8名が実験・実習、2名が全学対象の講義についてであった。生物学類では、多くの場合、教授・助教授が講義を担当し、講師・助手は実験・実習を担当している。各教官に授業1つを選んでもらったが、多くの教官は自分の専門である専門科目(2-3年次対象)を、自分として最も力を入れ工夫している授業にあげた。なお、授業を1つだけ選ぶことは困難であるとの意見も出された。これらの結果は、概ねアンケートの意図に沿ったものである。ただし、以下の結果は、生物学類の授業の中で、各教官のベストを集めたものであり、学類の授業全体を反映してはいない点に注意を払う必要がある。
II) 使用している機器・メディア
 各教官いろいろ工夫しているが、黒板、プリント、OHPを使用しているとの回答が多かった。教科書を使用している例は少なかった。これは、生物学の各分野が極めて多様で、教えるべき内容も日々変化していくという、現在の生物学研究の発展と関係していると思われる。教科書を使用する場合でも、それだけに頼っている授業はなかった。
 一方、多くの教官が独自の授業を、プリントや黒板、OHPを用いて行っている。中でも注目されるのは、学生の理解を助けるために、印刷物等に加え、板書を重要視している教官が多かった点である。また、生物学ならではの方法として、講義において実物を見せるとの回答があった。これは、実験・実習においては言わずもがなであるが、生物学の授業の特徴の1つとしてあげることができる。動きのある資料としてビデオを活用したり、ホームページ上に講義内容を公開している授業もあった。ホームページ公開は、セキュリティーに注意が必要であるが、学生の予習・復習に有効であるばかりでなく、ムービーの利用などを通して内容の理解を助ける優れたツールになり得る。
III) 工夫している点、努力している点、注意点、反省点
 方法と内容に関して別々に回答を求めたが、各教官様々な工夫を凝らしていることが分かる。個別の回答を見ていただくのが最良である。あえてまとめれば、方法として特に目新しいものは少ないが、授業が一方通行に終わら ないように工夫し、学生の理解をいかに得るかに多大の注意を払っている教官が多かった。これは講義でも実験・実習でも同様であった。日頃から注意している点、反省点もこの点に集中した。
 内容に関しては、多くの授業が担当教官の研究分野と密接に関連しているため、最新の知見を盛り込むよう努力している。これらの専門の授業を材料として、学生達が卒業研究を行う研究室を選択してくるのが現状であり、内容の充実には当然ながら力が込められていると思われる。
IV) 内容の改訂とシラバスとの整合性
 授業内容の改訂は一部ながら頻繁に行われている。これは、現在の生物学が発展中であり、日々新しい知見が発表されている事に起因している。しかも回答のあった授業の多くが各教官の専門分野であるため、絶えず最新の情報が供給されている。
 生物学類ではシラバスをホームページで公開しているが、全ての教官がほぼシラバスに沿った形で授業を行っている。授業内容の改訂は頻繁ながら小幅であることから、シラバスとの整合性は良くとれている。
V) 成績評価の方法と基準
 評価の方法としては、実験・実習ではレポートが中心となるが、講義では試験が中心であり、出席状況も加味される場合が多い。基準としては絶対的基準を設けて評価している教官が多い。  実験・実習では7割以上の受講生がA評価を得ている。これは、長時間の実習に参加し、教官とのコミュニケー ションを充分に行ったうえでレポートを提出しているからだと思われる。
 講義の評価は試験によって行われるのが大部分である。A評価を一番多く出している教官が多いが、その評価を与える割合はあまり高くなく、多くの場合3割から5割の学生がA評価を得ている。その一方で、B評価を学生に 一番多く出している教官も複数いる。またC評価が一番多いという厳しい態度で学生に臨んでいる教官もいる。
 評価の基準や割合に関しては、学類全体で話し合いや調整が計られた事が無く、各教官の考え方に任せられている。なぜならば、どれだけ高度な内容を教授するかは各教官の判断に任されており、またどこまでを学生に求めるかも各教官の判断によるからである。多様な価値判断こそが良い大学の証であろう。しかも、学生の評判を小耳にはさむと、必ずしも評価の甘い教官が人気があるとは限らず、学業に熱心な学生ほど正当に評価されることを望んでいるようである。評価が厳しい授業と知っていながらあえてそれに挑戦する学生が多くいる大学は健全である。今 後、各授業における成績評価がどのような分布をしているかを公表して行く事も1つの選択肢であろう。
VI) 学生による授業評価
 現在、生物学類では、概論科目以外では学類として授業評価を実施したことはない。ここでは、各教官が自発的に自分の授業の向上を目的に行っている授業評価の有無を問うた。その結果、ほとんどの授業で、何らかの形で学生からの意見を聴取していることが分かった。多くの場合、試験やレポートに意見や感想を書かせる形で行われている。
 一方、独自のアンケート用紙を使用して学生からの意見を集めている授業も複数あった。質問している内容は、授業の分かり易さ・進め方に関する複数の質問に加え、その授業ならではのキーワード(専門用語)に関する理解度を問う質問や、他の授業との内容の重複を聴くものがあった。また最も熱心な例として、毎時間、出席票に、良かった点・改善して欲しい点・質問を書かせて提出させている教官もいた。
VII) その他の意見等
 生物学類の授業の内容や方法に関して自由に意見を書いてもらったところ、カリキュラムの整備をさらに進めることに加え、あまり自由選択に任せず必修科目を増やすべきであるとの意見が複数見られた。この点は生物学類の教育のの根幹に関わる問題であり、今後意見を集約し論議して行く必要があろう。
 また後から寄せられた意見として、実験・実習と講義との関係を明確にするべきであるとの指摘があった。一方、 今回アンケートを行わなかった点として、遅刻、携帯電話、飲食など学生のマナー違反に対する各教官の対応を知 りたかったとの声もきかれた。

おわりに

 はじめにも述べたとおり、本アンケートは教官の評価を目的としていない。各教官の良いとこどりをしようと企画された。ある意味でのチャンピオンデータであり、生物学類全体の授業を反映してはいない。各教官が語っている個別の回答・意見を読み、そこに書かれている個々の取り組みと熱意を、自分自身にも問う事が重要である。また、このアンケートで述べられた各教官の「思い」が、学生にどう受け止められ、どの様な対応を引き起こしているのかを知ることも今後の課題として重要であろう。

 最後になるが、忙しい中、本アンケートに誠実に答えていただいた生物学類教官の皆様に心より御礼申し上げたい。また、個別のアンケート結果および添付資料が掲載されている「生物学類 授業のエッセンス2002」は、生物学類長室で閲覧可能である。ぜひご覧いただきたい。

Contributed by Shinobu Satoh, Received December 24, 2002.

©2002 筑波大学生物学類