つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2: 6-7.

特集:生物多様性

動物界の多様性の理解 ―大きさと成り立ちの視点から―

八畑 謙介 (筑波大学 生物科学系)

 動物は、他の生物群と比べると、肉眼で認識できる大型のものが多く、動きにしろ形にしろ特徴をとらえやすいため、直感的に多様性の大きさを想像しやすい生物群である。同じ理由のために、動物界の多様性に対する理解はもはや大きく変化することはないと思っている人は少なくないのではないだろうか。しかし、その考えは正しくない。動物界多様性の理解は現在なお変化し揺れ動きつづけている。  動物は、既知種だけで100万種を優に超え、40程度の動物門に分類されている。このような説明はどこかで聞いたことがあるだろう。これは動物界の多様性の「大きさ」に関する説明である。これは分類学や体系学などの分野がもたらす理解である。この他にも多様性研究の断面には歴史的「成り立ち」がある。多様性の「成り立ち」の理解には系統学が主要な役目を果たす。すなわち、動物群間の進化的な類縁関係の探求によって多様性の理解が深められる。多様性の研究には他にもいろいろな断面があるが、ここでは「大きさ」と「成り立ち」の理解に絞って、動物界の多様性に関する最近の話題を提供する。

動物界の多様性の大きさ −新たに見いだされる多様性−

 古くはアリストテレスの時代から、多くの研究者によって動物界の多様性の探求が進められてきた。それでもなお、未知種の数は既知種よりも多いとさえいわれている。動物界の多様性の大きさに関する理解は、未知の種が発見されることによって、また、既知種の分類学的な位置づけが改められることによって、日々拡大しつづけている。 「ナントカ虫の新種を見つけたからって、ナントカ科を2つに分けたからって、動物界の多様性の理解がそう変わるものか」なんて批判もあるだろう。たしかにそれらは小さな変化でしかないかもしれない。しかし、動物門や綱レベルの未知の動物群が見つかったなら、これが動物界の多様性の理解に影響をあたえることに反論する人はいないだろう。近年でもこのような大発見がいくつもあるのである。最近20年間にあった新動物群の発見例を簡単に紹介する。

<胴甲動物門 Phylum LORICIFERA>
 1983年に Kristensen によって創設された新動物門。海底の間隙に生息する微小な擬体腔動物で、その生態など不明な点も多い。

<シャリンヒトデ綱 Class Concentricycloidea>
 1986年にBaker & Clarkによって創設された棘皮動物門の新綱。ニュージーランド沖の深海で発見された。系統分類学的な位置も含めて未だに不明な点が多い。

<有輪動物門 Phylum CYCLIOPHORA>
 1995年にFunch & Kristensenによって創設された新動物門。微小な海産の寄生性無体腔動物で、その非常に複雑な生活史には大きな驚きを感じさせられる。

<微顎動物綱 Class Micrognathozoa>
 2000年にKristensen & Funchによってグリーンランドで発見された微小な擬体腔動物。通常独立の動物門とされる顎口動物、輪形動物、鉤頭虫動物を1動物門にまとめた有顎動物門 Phylum GNATHIFERA に属する1綱として記載された。有顎動物門を認めなければ、独立の動物門として扱われるべき動物群。

<踵行目(カカトアルキ目)Order Mantophasmatodea>
 2002年にKlass, Zompro, Kristensen, & Adisによって創設された昆虫綱の1目。研究の進んだ昆虫類における88年ぶりの新目発見には、動物界に新動物門が発見されたのに等しい驚きを感じさせられた。

 化石動物群に関しても同様の例はたくさんある。カナダのバージェス頁岩から現生の動物門には属さない化石動物群が多数発見されたことは有名である。このような新動物群の発見は、たんに未知の動物が発見された興奮を我々にあたえるだけでなく、動物界の多様性に対する我々の理解を拡充してくれるのである。

 おそらく、我々人間がこれまでに知り得た動物の多様性の大きさは、本来の多様性全体の中のごく一部に過ぎないだろう。今後も未知の動物群の発見は続くだろうし、そのための努力が続けられるだろう。もしその力が絶えたなら、我々は目の前の一片の宝物に気づくこともできなくなるのだ。多様性の理解に果たす分類学など伝統的分野の役割は今後も決して小さくなることはないだろう。

動物界の多様性の成り立ち −変わる動物界の系統の理解−

 生物が動物界と植物界に2分されると考えられていたのは遥か昔のことだが、5界説の登場はまだ記憶に新しい。 このような生物多様性の成り立ちの理解の変化は、動物界の範囲をも大きく変える。5界説を待つまでもなく、1800年代なかばに動物界とは別に原生生物界が認められ、厳密には「原生動物」は動物界には含まれなくなった。8界説や12界説が提案されている現在、動物界といえば全ての多細胞動物からなる単系統群と理解されている。(しかし、動物系統分類学の授業では、動物界の起源の検討は重要事項であるから、今でも「原生動物」は生き続けている。)このような生物多様性の成り立ちの理解の再編により、多細胞動物の起源に関する議論に光明がさした。多細胞動物の起源については2つの説があった。ひとつは襟鞭毛虫類を祖先と考える Haeckel の説であり、いまひとつは繊毛虫類を祖先と考える Hadzi の説である。1993年の分子系統学的解析は、多細胞動物に最も近縁な生物群は菌類で、その次に近縁な群が襟鞭毛虫類であることを示した。多細胞動物に最も近縁な原生生物は何か、という観点からは Haeckel の説が支持されたことになる。動物界の内部でも、近年その多様性の成り立ちの理解を大きく揺るがしている研究例がある。そのいくつかの例を簡単に紹介する。

<中生動物門 Phylum MESOZOA>
 二胚葉性の寄生性動物である中生動物は、その非常に単純な体制から最も原始的な多細胞動物の1つと考えられてきたが、前口動物と同じ螺旋卵割をすることが明らかになり、分子系統学の知見からも三胚葉動物に含まれることが示唆されている。

<ミクソゾア動物門 Phylum MYXOZOA>
 かつては原生動物と考えられていたこの動物群が、実は多細胞動物であることがわかった。1990年代にミクソゾ ア動物に発見されたHox 型のホメオティック遺伝子や細胞間接着構造は多細胞動物だけの特徴なのである。形態的には二胚葉動物の刺胞動物がもつ刺胞細胞に似るが、分子系統学の知見から三胚葉動物に含まれるとする説もある。  これら2例は特殊な寄生性動物の例ではあるが、動物が単純なものから複雑なものへと向上的に進化するという一般的な認識や、動物の体制の進化に関する理解を大きく揺さぶる例である。

<脱皮動物群 Ecdysozoa と冠輪動物群 Lophotrochozoa>
 従来の動物の系統進化の仮説は、各動物群のもつ基本的体制と発生学的特徴に基づいている。しかし、この5年ほどの間に分子系統学的視点からそれとは相容れない説が次々に提示された。前口動物が2つの大きな系統に分かれるという。ひとつは線虫動物や節足動物などからなる脱皮をする動物のグループ(脱皮動物群)、もうひとつは環形動物や軟体動物や触手冠動物群やさらには輪形動物や扁形動物などが含まれるグループ(冠輪動物群)である。従来動物の進化を議論するうえで重要視されてきた体腔や体節などの基本的体制の特徴や卵割様式や幼生型などの発生学的な特徴が、この説では前口動物の系統学的議論に価値のないものになる。結論を出すにはまだ早い。今後さらなる検証が必要だろう。

<節足動物諸群および舌形動物>
 かつて節足動物を多系統群とする説があったが、分子系統学の知見も手伝って、節足動物は単系統群とする認識が一般的になった。別に新たな議論も起こっている。従来昆虫類は多足類に最も近縁と考えられていたが、分子系統学的解析では、昆虫類は甲殻類の一部に含まれ、多足類は甲殻類か鋏角類の姉妹群または最も初期に分岐した節足動物なのだという。これらの説は、これまでの形態学や発生学の知見と相容れない部分も多く、今後も活発な議論が続くだろう。
 また、かつて側節足動物群のひとつとされていた舌形動物は、比較形態学、精子の比較微細構造学、分子系統学など、別々の視点から甲殻類の鰓尾類との類縁が示唆され、現在では甲殻類の一群とする認識が定着した。昨年度退官された牧岡俊樹教授の研究室では節足動物諸群の卵巣構造と卵形成様式の比較研究が行なわれ、その成果の一部として、生田亨介博士(現在:大阪教育大学助手)が中心となって鰓尾類と舌形動物の類縁性を強く示唆する結果を発表している。

 これ以外にも、分子系統学の発展によって従来の形態学や発生学などとは全く異なる視点から系統関係が議論されるようになり、動物多様性の成り立ちの理解に再編を迫る新しい議論がいくつも生まれている。分子系統学は今後も発展を続け、信頼性を高めてゆくだろう。しかし、分子系統学は動物群間の類縁関係をなかば機械的に提示してくれるが、それらの祖先がどのような動物だったのか、またそれがどのように変化して現在にいたったのか何も答えてはくれない。形態学や発生学を基礎として形態形成のしくみやその進化をあつかう諸分野が、動物多様性の成り立ちの理解のために果たす役割は、今後さらに大きくなるだろう。我々人間は生物進化の真実の姿にどのくらい近づくことができるだろうか?

動物の多様性を楽しむために

 最後に、目の前の宝物を見過ごさぬために、系統樹をつまらない枯木にしないために、そして多様な動物の世界を楽しむために、誰もができることは何だろうか?私の答えは簡単である。これまでに蓄積されてきた形態学や発生学などの基礎的な知見を学ぶことである。そして、できるだけたくさんの実物に触れることである。そうすれば、宝物の輝きに気づく目を、いきいきとした進化の樹を見ることのできる目を、動物界の多様性の理解が揺れ動き移 り変るさまを楽しめる目をもつことができるだろう。素敵なことに、我々の生物学類にはそれを実現できるカリキュラムが全てそろっている。

Contributed by Kensuke Yahata, Received December 16 2002, Received December 28 2003.

©2003 筑波大学生物学類