つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 94     (C) 2003 筑波大学生物学類

酸性分子シャペロンTAF-Iの発現調節に関する解析

浅賀 正充 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:永田 恭介 (筑波大学 基礎医学系)


                                                                                                                                                                                  

(背景と目的)

我々ヒトを含むさまざまな真核生物は非常に高度に調節された遺伝子の発現によって精密な構造体を作り上げている。遺伝子の実体はDNAであり、ヒトでは、細胞あたり数十億塩基対にまでおよび、直線状にのばすと2 mほどの長さになる。この膨大な量のDNAはヒストンと複合体をなしてクロマチン構造をとることにより、一辺1.9 mmの立方体に相当する体積をもつ細胞核内に、機能的かつコンパクトに折りたたまれ収納されている。生体内では、このクロマチン構造をとったDNAが転写や複製をはじめとする遺伝子機能を支える実体である。これまで裸のDNAを鋳型に用い、転写や複製の基本的な分子機構が解析されてきた。当研究室では、細胞核内のクロマチン構造のモデルとして、アデノウイルス由来の塩基性コアタンパク質とDNAの複合体であるアデノウイルスクロマチンを試験管内複製反応の鋳型として用いることにより、クロマチンの構造変換に関わる分子の同定を行ってきた。同定された因子の1つであるTAF-Iは、アデノウイルスクロマチンのみならず、再構成された細胞型クロマチンのリモデリングにも関与しており、そのクロマチンリモデリングにはC末端側の酸性アミノ酸領域が必要である。TAF-Iは、そのN末端側の違いから、TAF-Iaおよびb2つのサブタイプに分類され、TAF-Iaに比べTAF-Ibは高いクロマチンリモデリング活性を示す。TAF-Iはホモあるいはヘテロダイマーを形成し、その構造がクロマチンリモデリング活性の調節に関与する可能性が示されている。またTAF-Iの発現はヒトやマウスを含むさまざまな真核細胞で確認されており、細胞によってTAF-Iaおよびbの発現量や量比が大きく異なる。さらにマウステラトカルシノーマであるF9細胞ではクロマチン構造が大きく変化する分化前後でTAF-Iaおよびbの発現量比が大きく異なることが明らかにされている。マウス由来のNIH/3T3細胞を用いた実験では、血清飢餓状態においてTAF-Iの発現量が通常の血清状態に比べて減少する。また、ある種の白血病患者にみられる染色体転座において、TAF-Ibは核孔タンパク質の1つであるCAN/NUP214と融合タンパク質を形成することが知られている。ところが、現在までにTAF-IaCANの融合タンパク質の発現は観察されておらず、その理由は明らかになっていない。そこで本研究ではTAF-Iの機能やTAF-Iの関連した生物反応の理解に重要と考えられるTAF-Iaおよびbの発現調節機構の解析を行い、しいては細胞内機能を解明することを目的とした。

 

(方法)

 はじめにlFIXUマウスゲノムライブラリーから、TAF-Ib特異的なcDNA配列をプローブとしてプラークハイブリダイゼーション法を用いて、TAF-IaおよびbN末端領域を含むクローンを単離した。次にF9細胞から抽出した全 RNAからoligo-dT celluloseを用いてpoly(A)を付加したRNAを精製し、プライマー伸長法を用いて、TAF-Iaおよびbの転写開始点を推定した。推定された転写開始点の上流領域をPCR法により増幅して、PGV-B-Luciferase ベクターにクローニングした。それらを各種細胞に導入し、ルシフェラーゼ活性を指標としたレポーターアッセイにより、TAF-Tの転写調節に関与するシス領域を決定した。

 

(結果と考察)

NCBINational Center for Biotechnology Information)に公開されているデータベースを参照しながら、転写開始点を含むと考えられるTAF-Iaおよびbの開始コドンを含む1006 bp1026 bpの長さをもつDNAPGV-B-Luciferaseベクターにクローニングした。TAF-IaをクローニングしたPGV-B-Luciferaseベクターを導入したF9細胞から抽出した全RNAを用いたプライマー伸長法により転写開始点を推定した。次に上記のベクターをNIH/3T3細胞に導入し、レポーターアッセイによってTAF-Iaおよびbそれぞれにプロモーターが存在することを明らかにした。従ってTAF-Iaおよびbは、オルタナティブプロモーターによって独立に発現が制御されていると考えられた。

次にTAF-Iaの転写調節領域と示唆された領域の欠損変異体を作成し、NIH/3T3細胞およびヒト由来のHeLa細胞を用いて、レポーターアッセイにより転写調節に関わる領域を明らかにすることを試みた。その結果、転写開始点上流およそ、230 bpから50 bpの間に転写を正に調節する領域の存在が示唆された。従って、TAF-Iaの転写調節領域はヒトとマウスで保存されると考えられる。また、ヒトとマウスのTAF-Ia転写調節領域の相同性を調べた結果、上流40 bpから150 bpに高い相同性を示す領域が存在し、転写開始点25 bp上流付近はATに富んでいた。さらに50 bp上流付近にはGCに富み、SP1が結合すると考えられるコンセンサス配列が認められた。このようにTAF-Iaのプロモーターは典型的なRNAポリメラーゼUのプロモーター構造をとっている。従ってこの領域だけでは細胞特異的な発現の多少などの現象を説明できない。

現在、TAF-IbのプロモーターにおいてもTAF-I aについて行った解析と同様の転写調節領域と示唆された領域の欠損変異体を用いた検討を行い、その転写調節機構の解析を進めている。また、F9細胞の各分化段階における発現量の違いに関与する領域やNIH/3T3細胞における血清応答に関する領域についても検討を進める予定である。