つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 103     (C) 2003 筑波大学生物学類

繁殖力の異なる個体間における種内競争:低繁殖力の適応的意義

池永 高志 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:藤井 宏一 (筑波大学 生物科学系)


目的と背景

過去の研究によれば、繁殖力が遺伝的に決定されると き、低繁殖力の個体がより繁殖力の高い個体と種内競争をおこ なうと、自然選択によって個体群内からすみやかに除去される と考えられる。一方、資源をめぐって共倒れ型競争をする生物 にとっては、必要以上に多くの競争者が増えることは、資源の 枯渇による死亡率の増加を意味する。共倒れ型競争をするアズ キゾウムシCallosoburuchus chinensisの一系統に、産卵数が有意に低いものが存在 する。一般的にはこの形質は原産地の気候など、特有の環境に 適応した結果と考えられるが、本研究では、低繁殖力という戦 略そのものが個体群内の競争において選択されたものではない か、という仮説をコンピューターシュミレーションモデルを用 いて検証し、低繁殖力の適応的意義について考察する。



モデル

二倍体で雌雄異体の生物からなる個体群を想定しモデルを 構築した。それぞれの個体に染色体のように振舞う101から300 までの自然数を2つ与え、2実数の平均値を母親の産卵数とし た。初期世代のみ全ての自然数は一様乱数によって決定される が、それ以降は両親から1つずつ受け継ぐものとする。母親は 卵をパッチ内に産みつけ、卵から孵化した幼虫はそのパッチ内 で成長する。このとき卵の孵化率はパッチ内に産み付けられた 卵の数の増加に伴って減少する。また、産卵分布は、2変数を 変化させることによって一様分布から集中分布まで幅広く記述 することのできる、β分布に従うものとする。パッチ内では他 の幼生との間で限られた資源をめぐって共倒れ型の競争が生じ 、その結果生き残った個体が成体としてパッチの外へと出てい く。成体となってからはランダムに交配をし(ただし雌は一回 交尾)、雌は産卵する。全ての個体の成長は全く同調して起き るものとし、個体間には2実数以外に差はないと仮定する。

共倒れ型競争の結果はパッチ内の資源量に対する幼生の 密度によって決定される。本モデルでは、パッチ内の資源量、 幼生の数を決定する卵の孵化率に与える密度効果の強さと産卵 分布をそれぞれ変化させながら、個体群内において低繁殖力戦 略の適応の可能性を検証した。


 

結果と考察

産卵分布や密度効果の強さの影響によって個体群の絶滅 頻度が高くなっているときに、偶然に低繁殖力個体が生き残り 、それによって個体群内の競争を勝ち抜くことができるのでは ないかと検証を行ったが、絶滅頻度の高い条件下で最終的に低 繁殖力個体が個体群の中に勝ち残っているケースは観察されな かった。つまり、上述のモデルでは低繁殖力戦略の適応性を記 述することができなかったと言える。ゆえに、今後さらに上述 の仮定を検証するには、新たな要素が必要になると考えられる 。例えば、資源の枯渇や定期的な環境変動による個体群動態の 変化、あるいは弱有害致死遺伝子の蓄積など、限られた個体群 の中では個体群の構成員の形質に影響を及ぼすであろう因子が さらにいくつかあげられるであろう。今後は本研究のモデルを 基盤として、さらなる可能性を検証する必要がある。