つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 59     (C) 2003 筑波大学生物学類

ノラニンジンの生態的特性と遺伝的多様性

江口 郁恵 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:鎌田  博 (筑波大学 生物科学系)


目的】

 野生植物の遺伝的多様性や遺伝子拡散を調査することは、稀少植物の遺伝的多様性の保全や遺伝子組換え植物の野外環境に対する影響を評価していく上で必要不可欠である。そこで私は、ニンジンの野生種であるノラニンジン(Daucus carota)を研究対象として用いることとした。ノラニンジンは、日本では北海道や日本海側の海岸線付近に集団を作って生息している。栽培ニンジンと異なり、根は赤く肥大せず、食用には適さない。ノラニンジンは栽培種が野生化したものと考えられており、栽培種と容易に交雑することが農業上の問題にもなっている。また、これまでの私の所属する研究室の知見から、ニンジンは栽培種であっても遺伝的多様性が大きいことが示唆されており、ノラニンジン集団における遺伝的多様性も大きいことが予想される。私は、ノラニンジン集団における遺伝子拡散を調べるためには、栽培種から野生集団に対する遺伝子の拡散を調査することが有効であると考え、ノラニンジンの生態的特性を把握すると共に、ノラニンジン集団における遺伝子拡散の指標として有効な遺伝子マーカーを探索することを目的として研究を行った。

 


【方法】

 栽培品種(US春蒔五寸)とノラニンジン(北海道松前町より採取)について、次のような多型解析法を用いた。

1)RAPD(Random Amplified Polymorphic DNA)法

 US春蒔五寸とノラニンジン各2個体の若い本葉からNucleon Phytopure (Amersham Pharmacia Biotech社)でDNAを抽出し、10merのRAPDプライマー、OPE02, OPE04, OPJ06, OPJ19(Operon Technologies社)を用いてPCR増幅した。増幅産物は、アガロースゲルで電気泳動し、バンドを検出した。

2)PCR-RFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism)法

 US春蒔五寸4個体とノラニンジン10個体の若い本葉からNucleon PhytopureでDNAを抽出し、私の所属する研究室で単離された胚発生に関わるニンジン遺伝子(ABI3ABI3プロモーター領域、LEC1)をPCR増幅した。この増幅産物を4塩基認識の制限酵素(Alu, Hae, Sau3A・)で処理し、アガロースゲル電気泳動で分離してバンドを検出した。

3)AFLP(Amplified Fragment Length Polymorphism)法

 US春蒔五寸とノラニンジン各2個体の若い本葉からDNeasy Plant Kit (Qiagen社)で抽出したDNAを、AFLP Core Reagent Kit (Invitrogen社)を用いて制限酵素処理し、さらに切断面に特異的なアダプターのライゲーションを行った。次に、予備選択プライマー(Nakajima et al., 1998)を用いて予備増幅した後、D3またはD4のBeckman Dyeで蛍光標識した10組の2次選択プライマーを用いてPCR増幅を行った。この産物を、CEQ8000 Genetic Analyzer (Beckman Coulter社)で電気泳動し、フラグメントを検出した。

 

【結果と考察】 

 RAPD法においては、ノラニンジンおよび栽培ニンジン共にバンドパターンが大きく異なり、集団内における多様性が大きいものと推測された。また、多型を示すバンドは再現性に乏しく、遺伝子拡散検知用の遺伝子マーカーには適さないと考えられた。

 PCR-RFLP法においては、ABI3の構造遺伝子領域では、ノラニンジンおよび栽培ニンジン共に制限酵素処理を施しても得られた断片に差は見られなかった。ABI3のプロモーター領域では、ノラニンジンの集団内においてのみ2種類以上の異なる大きさの増幅産物が存在することが判明したが、バンドパターンだけで栽培ニンジンとノラニンジンの集団を区別することは難しく、PCR-RFLP法は、ニンジンの遺伝子拡散検知用の遺伝子マーカーとして用いるには不適であると考えられた。LEC1に関しては、ノラニンジンと栽培ニンジン間で増幅産物の大きさの相違が見られたが、これが遺伝子マーカーとして有効であるかを判断するためには、今後、さらに多くの個体を調査する必要がある。

 AFLP法においては、最初の核DNAの純度が制限酵素処理に際して影響を与えることが分かったため、カラムによる、より精製度の高いDNA抽出法(Qiagen DNeasy Plant Kit)を用いることとした。また、プライマーに付ける蛍光標識の種類も解析結果に影響することが分かったため、以後、D3とD4の蛍光標識を用いることとした。これまで解析した10のプライマー組すべての解析結果から、US春蒔五寸とノラニンジン各々に特異的な断片が検出された。今後、詳細な比較とそれに基づく系統樹作成を試みる予定である。

 上記の3つの方法の結果より、ニンジンは非常に遺伝的多型が大きい植物であると言える。今後、さらに多くの個体でAFLP解析を行うこと、また、栽培ニンジンとノラニンジン間の交配で作出したF1個体に対してAFLP解析を行うこと等により、栽培ニンジンとノラニンジンを区別できる遺伝子マーカーを絞り込む事が可能と考えている。