つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 58     (C) 2003 筑波大学生物学類

トレニアのin vitro受精系を用いた遺伝子発現解析

小澤 靖子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:鎌田  博 (筑波大学 生物科学系)


【背景と目的】

 胚発生は、正しい場所・正確な時間的順序で胚特異的な遺伝子群の発現が制御されるという複雑なプログラムの遂行によって行われており、このプログラムは高等植物において高度に保存されていると考えられている。一般に被子植物では、受精卵が母体組織に覆われているため、動物のように受精から胚発生という一連の過程を連続的に観察することは非常に難しい。そこで、本研究では、雌性配偶体が胚珠から突出しているため、受精および胚発生初期過程を非破壊で連続的に観察することが可能なトレニア(Torenia fournieri)を実験材料とし、トレニアの形質転換体を用い、胚発生関連遺伝子について時間的、空間的な発現パターンを明らかにしていくことを目的としている。

 

【方法】

 本研究では、胚発生の初期から発現する転写制御因子であるシロイヌナズナABSCISIC ACID-INSENSITVE 3ABI3)、ニンジンのホモログであるCarrot-ABI3C-ABI3)、さらに、C-ABI3の転写制御因子の1つとしてニンジンから単離されたCARROT EMBRYONIC ELEMENT 1 BINDING FACTOR-CCEE1BF-C)の3遺伝子について解析を行うこととした。CEE1BF-Cについては、プロモーター領域の単離が行われておらず、その単離から着手した。各プロモーター領域にレポーター遺伝子であるGREEN FLUORESCENT PROTEINGFP)を連結したキメラ遺伝子をトレニアに導入し、形質転換体を作出およびその発現解析を行った。

1. CEE1BF-Cのプロモーター領域の単離

 CEE1BF-C遺伝子の転写領域上に特異的なプライマーを作成し、ニンジンゲノムを鋳型としてthermal asymmetric interlacedTAIL-PCR法によってCEE1BF-Cのプロモーター領域の単離を行った。

2. 形質転換体の作出

 各プロモーター領域の下流にGFPをつないだコンストラクト(ABI3pro::GFPC-ABI3pro::GFPCEE1BF-Cpro::GFP)を作成し、アグロバクテリウムを介してトレニアに導入し、形質転換体の作出を行った。なお、導入遺伝子の確認は、抗生物質耐性、ゲノミックPCRおよびサザンブロット法によって行った。

3. 発現解析

 各胚発生関連遺伝子の発現時期・部位を詳細に検討するため、人工授粉後、時間を追って子房を解剖し、蛍光顕微鏡下での観察をした。また、顕微鏡観察ができないステージを含め、胚におけるレポーター遺伝子の発現時期を検討するため、各発達段階の子房からmRNAを抽出し、RT-PCRを行った。

 

【結果と考察】

 TAIL-PCRにより、CEE1BF-Cのプロモーター領域約600bpを単離することができた。転写開始点近くにTATAボックスと思われるモチーフが見られた。ニンジン由来のこのプロモーター領域がCEE1BF-Cの発現に必要かつ十分であることを確認するため、形質転換ニンジンの作出、さらに、ニンジン不定胚誘導系での発現解析も併せて行っている。

 形質転換体はアグロバクテリウムの感染から約3ヶ月で得ることができた。形質転換効率は感染させた外植片あたり5.5%であり、これは論文に発表されている約10%という値に比べてやや低い。その原因としては、トレニアの生育状態や感染時のアグロバクテリウム濃度等が影響しているものと考えられる。

 現在までのところ、ABI3pro::GFPC-ABI3pro::GFP形質転換体において、胚の第一分裂が起こる時期(授粉後4日目)までの種子を観察したが、GFPの蛍光は観察できていない。これには、現在観察を行っているステージより後に発現が起こる可能性や発光が微弱なために検出できていない可能性などが考えられる。しかし、胚の発達段階が進むにつれて種皮が発達し、直接観察が難しくなってしまうため、RT-PCRによる検討を考えている。CEE1BF-Cについては現在形質転換体を育成中であり、発現解析には至っていないが、C-ABI3の転写制御因子であることから、C-ABI3よりも早く発現が起こると予想され、CEE1BF-Cの発現が認められる可能性がある。

 これまで、受精や初期胚発生に関する研究において、トレニアでは細胞学的なアプローチがとられてきた。しかし、トレニアでは形質転換系も確立され、今後、トレニアを用いた受精・初期胚発生過程の分子遺伝学的な解析がさらに進んでいくものと期待される。