つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 95     (C) 2003 筑波大学生物学類

細胞性粘菌における有性生殖過程の細胞レベルの解析

神山 恵美子(筑波大学 生物学類 4年) 指導教官:漆原 秀子 (筑波大学 生物科学系)


1.細胞性粘菌の生活環
 細胞性粘菌は土壌中に棲息する下等真核生物で、単細胞と多細胞の時期をもつ。細胞性粘菌の無性的生活環では、単細胞のアメーバが飢餓を引き金に集合し、多細胞の移動体を経て柄と胞子からなる子実体を形成する。また、有性的生活環では過剰な水分と暗条件が引き金となってアメーバが融合能を獲得し、相補的な交配型の細胞同士が融合することで接合子である巨細胞を形成し、その後マクロシストと呼ばれる休眠構造体にまで発生する。子実体中の胞子やマクロシストは発芽してアメーバを生じる。研究によく用いられ、本研究でも使われているDictyostelium discoideumの交配型にはホモタリック(自家接合型)、ヘテロタリック(他家接合型)が知られている。ヘテロタリックの交配型はmat Amat aがあり、その他にそのどちらとも融合が可能である両性型が存在する。このような特徴をもつ細胞性粘菌における有性生殖の解析は、有性生殖の起源や進化のメカニズムを探ることができると期待されている。

2.本研究の目的
 細胞性粘菌では、無性的生活環での細胞増殖期と分化期の区分やパターン形成機構が発生学的に興味を持たれて広く研究されているが、有性生殖のマクロシスト発生過程はほとんど研究されておらず、未知の部分が多い。また、有性生殖についての先行研究の多くは、細胞の認識や接着を理解するための分子遺伝学的なアプローチが多く、有性生殖過程の細胞レベルでの解析はあまりなされていない。本研究は有性生殖過程の細胞レベルでの観察によって、細胞あるいはオルガネラの挙動についての知見を得ることを目的として行った。

3.方法
 本研究ではD.discoideum のヘテロタリックな株KAX3(mat A)とHM1(mat a)を用いた。両株の細胞を別々に暗条件で液体培養することによって細胞融合能を獲得させ、その後混合することによってマクロシスト形成を同調的に開始させた。時間を追って細胞を固定し、FITC標識された抗α-チューブリン抗体で微小管を、Propidium iodide(PI)で核とミトコンドリアを染色して、共焦点レーザー顕微鏡で観察した。また、微小管形成中心(MTOC)の確認は、γ-チューブリン・GFPの融合タンパク質を発現する細胞株(産総研 長崎により譲渡された発現コンストラクトを使用して樹立した)を用いて行った。

4.結果と考察
 多数の核を持つ融合細胞は混合後1時間で観察されるようになるが、6時間後までは、一度融合してもすぐに分離するなど、細胞が非常に活動的であった。12時間ほど経つと多核細胞は多くの周辺細胞を取り込んで大きくなる。この後は細かく分離することなくマクロシストへと発生が進むので、12時間までの間に接合子として安定すると考えられる。
 有性生殖過程において、配偶子同士が融合してもしばらくは次世代の個体として行動せず、再び分離するという事実は予期しなかったことであり興味深い。そこで、一個体としてアイデンティティが認識される過程を知るために微小管形成中心(MTOC)の挙動を観察することにした。 FITC標識された抗α-チューブリン抗体を用いて観察したところ、細胞内に微小管が集合したMTOC状の構造が観察された。少なくとも12時間まで、MTOC状構造の数は核数に一致していた。その後、核が徐々に消失していき、18時間の細胞は完全に一つの個体となっているように思われるが、MTOC状構造は複数個存在していた。以上の観察から接合子が一つの個体として認識されるために、MTOCの統一が前提になっていることはないと考えられる。
 混合後24時間ではマクロシストの最終形態に近い球状構造が観察される用になるが、このとき微小管のほとんどは外側の膜構造の中に分布していた。また、内部構造には中心付近に1〜2個のMTOC状構造が見られ、最終的には内部構造の中心に1個のMTOC状構造が形成された。γ-チューブリンによるMTOCの観察を行うことでさらに明確にしていきたい。

 本研究では初めてマクロシスト形成過程での微小管の挙動を核と対応させて観察することができた。核の消失と微小管の再編成との関係をさらに明確にすることは、ミトコンドリアを含む他のオルガネラの消長や、遺伝子発現変化の解析にも有用な情報を提供すると考えられる。