川口 利奈 (筑波大学 生物学類 4年) 指導教官:徳永 幸彦 (筑波大学 生物科学系)
[はじめに]
マルハナバチは多くの温帯〜寒帯性虫媒植物にとって重要な送粉者であり、この
ハチが持つ花の選好性は、多くの研究の対象とされてきた。しかし、
本物の花は花期や形態の制限があり、マルハナバチの花の選好性を探る実験での使
用には適さない。
実験者の意図によって色や大きさ、形、蜜量を操作できる人工花を使うことで、
マルハナバチの花の選好性についてより幅広い実験を行うことが可能となる。ま
た、そのような実験によって今まで見えていな
かった隠れたマルハナバチの花の好みが明らかになるかもしれない。
さらに実験で明らかになったマルハナバチの花の好みを採り入れて、自然の花よりも強くマルハナバチを誘引する人工花を作ることができれば、その花には多くの有効な利
用法が考えられる。
人工花を利用した実験を行うための第一歩として、今回はより確実にマルハナバチに人工花で採餌することを学習させる方法論を提示する。
実験材料にはセイヨウオオマルハナバチを採用した。セイヨウオオマルハナバ
チはヨーロッパ原産のマルハナバチだが、作物の受粉用に商品化されて日本にも輸
入されている。近年では農家のビニールハウスから逃げ出した繁殖個体によって
自然巣が作られるようになり、帰化が始まっている。これを受け、セイヨウオ
オマルハナバチによる日本在来のマルハナバチの駆逐を懸念する声もある。しかし、
セイヨウオオマルハナバチの個体は商品化されたコロニーから1年を通して
入手可能である。また、このようなコロニーで生まれた個体は一切自然の花での
採餌経験を持たないため、実験以前の学習の影響を無視することができる。その利点を利用し、かつ野外に帰化させないことに注意
を払って温室内で実験を行えば、セイヨウオオマルハナバチには日本原産のマルハ
ナバチの多様性保持に役立つ研究成果をもたらす有用性があることを示す。
[方法]
まず500μlマイクロチューブと直径3cmの円形の色画用紙、ピペットチップの茎か
らなる人工花を作製した。この人工花のピペットチップの先端をポ
リスチレン板に10cm間隔で5個挿したものを市販の苗帽子で覆い、学習用装置とし
た。実験前日の10:30から12:00の間に学習用装置の人工花を蜜で満たし、マルハ
ナバチの働きバチを入れた。日没後19:00にハチを学習用装置からプラスチック
タッパーに移し、翌日の実験まで餌を与えず空腹にさせた。そして塩化ビニール
パイプとナイロンのネットで作成した80×80×高さ30cmの実験用ケ−ジ内
に蜜で満たされた2色(1色はハチに学習させた人工花と同色)の人工花を10cm間隔
で交互に配置し、翌日9:30から13:30 の間に1個体30分ずつ実験用ケ−ジ内で採餌行動の観察を行った。
この観察結果から、マルハナバチが人工花で採餌することを学習しているか、色
にもとづいて花を見分けるようになっているかを調べた。
また、実験ケ−ジ内で訪花の見られた個体を「トレーナー」とし、翌日の実験用
にセットした学習用装置へ導入、トレーナーを入れた学習用装置と入れなかった
学習用装置の間でハチの生存率や学習の成功に差が生じるかを調べた。
[結果と考察]
実験用ケ−ジでマルハナバチが飛翔できる空間を限定することにより、温室
内でハチを飛ばすよりも採餌行動の観察を効率的に行
うことができるようになった。また、このケ−ジは安価かつ軽量で、野外実験にも
持ち運んで使用できるという利点がある。ただし、マルハナバチに効率的に人工
花を学習させるには、さらに飛翔空間を制限してやる必要があった。市販の苗帽
子を利用した学習用装置を用いることで、学習の効率は向上した。それでもなお
学習段階での生存率の低さが問題になった。個体が人工花の蜜を発見でき
るかどうかには偶然性があり、蜜を摂取できない個体が餓死して
いるために生存率が低くなっているのではないかと考えられた。この問題に対し
ては、学習段階でのトレーナーの導入による生存率の増加を試みた。この操作
は、学習用装置内で人工花の蜜を発見し、採餌している個体がいると、他のハ
チが同じ花に寄ってきて1個の花で複数の個体が採餌する、という現象の観察か
ら発想したものである。
実験結果の分析から、トレーナーの導入は実験個体の生存率を向上させることができ、
かつ生存した個体による学習の質には影響を及ぼさないことが分かった。
以上の材料、装置、操作によって、マルハナバチによる人工花での採餌の学習を
効率化することができた。