つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 52     (C) 2003 筑波大学生物学類

イモリ網膜再生系を用いた網膜色素上皮細胞の視細胞分化に果たす役割の研究

岸信  健 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:千葉 親文 (筑波大学 生物科学系)


<導入> 一般に、脊椎動物の網膜は胚発生の初期を除いて再生することはない。一方、有尾両生類のイモリは、成体でも、網膜を完全に再生することができる。イモリの眼球から手術により神経性網膜を完全に除去すると、残った網膜色素上皮(RPE)細胞が脱分化、増殖し、網膜神経前駆細胞(網膜神経幹細胞)を生み出す。神経前駆細胞が増殖し3〜4層になると、硝子体側に神経節細胞が分化し、少し遅れてRPE層側に視細胞が分化する。その後、水平細胞、アマクリン細胞、そして最後に双極細胞が分化する。網膜は約1ヶ月でほぼ再生し、光応答を回復する。このように、イモリ網膜再生系は、発生系と同様に、細胞分化やシナプス形成について調べるよいモデル実験系である。

網膜発生および再生過程において、神経前駆細胞から異なる種類の神経細胞が分化するメカニズムについてはあまり明らかにされていない。イモリの網膜再生過程では、ほぼ同じ時期に神経節細胞と視細胞が分化する。神経節細胞は、光情報を活動電位頻度に変換して脳に伝える細胞である。一方、視細胞は、光信号を電気信号に変換する受容細胞である。また、これらの細胞は網膜の正反対の位置に分化する。このことから、眼球内に網膜の極性を支配する「場」が存在している可能性が考えられる。

本研究では、これらの問題を明らかにするための基礎として、視細胞と接するRPE細胞に注目し、これらの細胞が視細胞の分化や網膜の極性に何らかの影響を与えてはいないか、眼球内細胞移植法を用いて検討した。

<方法> 網膜除去手術: イモリ(Cynops pyrrhogaster)を暗所で2時間麻酔し、眼球の背側半分を角膜と強膜の境界にそって切開し、神経性網膜とレンズを除去した。手術したイモリは湿った紙を敷いた容器に入れ、22℃で飼育した。

 RPE細胞の単離:摘出した眼球を赤道面に沿って切開し、eye-cupを作製した後、PBS中で神経性網膜を除去した。RPE層を結合組織ごと剥離し、酵素処理とピペッティングによってRPE細胞を単離した。

 眼球内細胞移植:今回、細胞移植は手術後15日(網膜神経前駆細胞が生み出される時期)、18、20、21日(1〜2層の網膜神経前駆細胞が出現する時期)、23日(神経節細胞が機能分化する時期)の眼球に対して行った。麻酔したイモリを実体顕微鏡下に据え、単離したRPE細胞をマイクロシリンジポンプによって、角膜側から眼球内に注入した。約2000個/μ・のRPE細胞の懸濁液を眼球あたり約1.5n・注入した。

 免疫組織化学:細胞移植後、1ヶ月半経過したイモリから眼球を摘出した。眼球を4%パラフォルムアルデヒド溶液で12時間(4℃)固定した後、背腹軸方向の凍結切片(厚さ約20μm)を作製した。切片をPBSで洗浄した後、5%正常ヤギ血清/0.3%TritonX-100/ PBSで1時間(室温)インキュベートした。一次抗体を滴下し、4℃で2日間インキュベートした。今回、イモリの視細胞と一部の双極細胞を認識するRB-1抗体を一次抗体として用いた。PBSで洗浄した後、二次抗体(FITC標識ヤギ anti-mouse IgG)を滴下し、常温で3時間半インキュベートした。PBSで洗浄し、90%グリセリンで封入し、蛍光顕微鏡で観察した。

<結果と考察> 再生15、18、20、21、23日のイモリを各2〜3匹用意し、RPE細胞を眼球内注入した。その結果、再生20日に注入したイモリ2匹において、網膜の異常が観察された。凍結切片を作製し、RB-1抗体を用いて詳しく観察したところ、網膜の硝子体側表面(本来の神経節細胞層)がドーム状に盛り上がり、視細胞層が形成されていることが分かった。さらにそのドーム状の隆起の中心部には黒色の色素細胞があり、視細胞層はその細胞を取り囲むように形成されていた。この結果は、移植したRPE細胞が、網膜神経前駆細胞層の硝子体側(本来、神経節細胞が分化する領域)に視細胞を分化誘導した可能性を示唆している。また、この異所性の視細胞層に接して双極細胞も分化しており、突起を本来の網膜層内に伸ばしているのが観察された。このことは、RPE細胞が、視細胞の分化ばかりでなく、網膜の極性にも影響を与える可能性を示唆している。少数のRPE細胞によってこのような大きな変化が起こることから、RPE細胞が視細胞の分化や網膜の極性にかなり重要な役割を果たしていると考えられる。今後、組織中の色素細胞が注入したRPE細胞であることを、抗体やトレーサーにより確認するとともに、視細胞の分化誘導と網膜極性を制御するRPE細胞からの因子を同定したい。