つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 102     (C) 2003 筑波大学生物学類

アナナスショウジョウバエ類に属するTaxon-KとD. ananassae、D. pallidosa、 pallidosa-like-WAUの間における性的隔離

関  季史 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:小熊  譲 (筑波大学 生物科学系)


<背景・目的>

アナナスショウジョウバエ類に属するD. ananassaeD. pallidosaTaxon-Kpallidosa-like-WAUは非常に近縁であり、形態も類似している。また、D. ananassaeと他の3種は同所的に生息しており、D. pallidosaTaxon-Kpallidosa-like-WAU3種とは異所的に生息している。これまでの研究より、アナナスショウジョウバエ類に属する種間での性的隔離には、雄の発する求愛歌が重要であることがわかっている。しかし、Taxon-Kと他の種の間での性的隔離における求愛歌の重要性については確認されていない。そこで本研究は、Taxon-Kと他の種との間における性的隔離の有無及びその要因を、行動と聴覚刺激である求愛歌の視点から明らかにすることを目的とした。

 

<材料・方法>

実験にはTaxon-K T184D. ananassae TBU209D. pallidosa TBU155pallidosa-like-WAU WAU6144系統を用いた。いずれの実験も未交尾の56日齢のハエを使い、温度25±1℃、湿度50±10%の条件の下で行った。

実験(1)性的隔離及び求愛歌の影響の確認 Taxon-K T184の種内及びTaxon-K T184と他の3種との種間で交配を行い、交尾率を測定した。ここで、交配における求愛歌の影響を調べるために、求愛歌を発する器官である翅を切除した雄と正常な雄の両方を用いて交配実験を行った。交配は雌雄11匹ずつで2時間行い、交尾率を算出した。

実験(2)求愛行動の観察 観察容器に同種または異種の雌雄1ペアを入れ、交尾が見られるまで、または10分間の観察を行い、定位までの時間、交尾までの時間、雄が雌に求愛している時間、交尾試行回数、また行動の特徴を記録し、求愛指数を算出した。

実験(3)ダブルセル実験 ダブルセル観察容器(トレーシングペーパーによって上下に仕切られた2つのセルで構成され、上下それぞれにハエを1ペアずつ入れる)を用いて実験を行った。上側のセルには両翅を切除したTaxon-K T184雄とTaxon-K T184雌を入れ、下側のセルには様々なペアを入れ、異なる種の求愛歌が発せられるようにした。実験は10分間交配を行い、上側のセルにおいて交配したペアの数を数え、交尾率を算出した。

 

<結果・考察>

(1)性的隔離及び求愛歌の影響の確認 Taxon-Kの雌は、翅あり雄との交配でD. ananassae雄以外とは高い交尾率を示した。またTaxon-KD. ananassaeにおいては、雌雄を逆にして交配させても交尾が見られなかった。このことよりTaxon-K-D. ananassae間には強い性的隔離が存在することがわかった。D. ananassaeの翅の音はTaxon-KD. pallidosapallidosa-like-WAUの翅の音と波形が異なっていることが分かっており、またTaxon-KD. ananassaeは同所的に生息していることから、この2種間にはこのような強い性的隔離が存在しているものと思われる。

また、翅あり雄を用いた交配で高い交尾率を示した組み合わせでは、翅なし雄を用いると交尾率の減少がみられた。先行研究では、種間交配においては翅を切除した雄の交尾率の方が高くなるのが一般的であったが、Taxon-Kの雌については逆であった。

(2)求愛行動の観察 Taxon-KD. ananassaeの交配では正逆とも、雄はほとんど求愛しないことがわかった。この2種間における性的隔離は雄が求愛しないということで成り立っていると考えられた。一方、Taxon-Kpallidosa-like-WAUの正逆交配では、雄はよく求愛した。この組み合わせにおいてTaxon-Kが雌のときは交尾に達するペアが多かったが、pallidosa-like-WAUが雌のときは実験(1)と同様に全く交尾しなかった。実験(2)によってTaxon-Kの雌は、(少なくとも今回調べた4種に関しては同種・異種に関わらず)求愛歌を発しながら求愛し、交尾試行する雄に対しては交尾を許してしまう傾向があるということがわかった。実験(1)と同様に、翅がない雄と交配させると交尾率が低くなることから、求愛歌のある・なしを判別する能力はあるようだが、それによって種を識別している可能性は低い。

(3)ダブルセル実験 実験(1)によってTaxon-Kの雌は求愛歌があった方が交尾しやすいということはわかったが、その交尾率は種によって差があった。その差が求愛歌の音情報だけによるものなのかどうかを確かめるためにダブルセル実験を行った。今後、サンプルサイズを増やして、データの比較・検討を行っていく予定である。