つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 88     (C) 2003 筑波大学生物学類

老化に伴うヒトミトコンドリア機能低下の原因遺伝子の探索

中尾 優希 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:林  純一 (筑波大学 生物科学系)


<背景・目的>

「老化」という現象は、この世に生を受けたものすべてに起こる現象でありながら、そのメカニズムや原因は未だ謎のままである。「老化」と一口に言ってもその現象はさまざまであり、様々な方面から、老化の謎を解こうと近年、活発に研究が行われている。

数多く唱えられている老化原因仮説の中に、「老化ミトコンドリアDNA原因説」がある。ミトコンドリアは酸化的リン酸化によるATP合成という重要なエネルギー変換の場である。しかし同時に、ATP合成の際に発生してしまう酸化的ストレスに常にさらされているため、ミトコンドリアに存在するミトコンドリアDNA(mtDNA)は核DNAより5〜10倍も高い変異速度で体細胞突然変異が蓄積すると考えられている。mtDNAの突然変異はミトコンドリア病という特殊な疾患の原因となるだけでなく、アルツハイマー病、パーキンソン病、心筋症や糖尿病などとの関連も示唆されている。また、こういった疾患だけでなく、老化という生命現象においても、老化に伴って(1)mtDNA突然変異の蓄積、(2)ミトコンドリアの機能低下という二つの現象が観察されることから、mtDNA突然変異の蓄積がミトコンドリア機能低下を引き起こすという仮説が唱えられてきた。これが「老化ミトコンドリアDNA原因説」である。さらに、ミトコンドリアの機能低下は酸化的ストレスの発生源となり、mtDNAの突然変異を誘発しやすくなることで、更なるミトコン! ドリア機能低下を促進するという悪循環を繰り返す。しかし、老化に伴うmtDNA突然変異の蓄積とミトコンドリア機能低下は独立した並行現象であり、これらの現象を結びつける証拠はない。ミトコンドリア呼吸鎖酵素を構成するタンパク質をコードしている遺伝子は、mtDNAだけではなく核DNAにも存在すること、また、mtDNAの複製や転写、翻訳に必要な因子のほとんどは核DNAに存在する遺伝子に支配されていることから、老化に伴うミトコンドリア機能の低下は核側からの因子が原因である可能性も考えられる。

そこで、本研究では、老化に伴うミトコンドリア機能低下の原因究明を最終目的とし、ヒト皮膚繊維芽細胞を用いて、老化に伴うミトコンドリア機能低下の原因が、mtDNAにあるのかそれとも核DNAにあるのかを検証した。

 

<結果>

老人由来(TIG-102)および胎児由来皮膚繊維芽細胞(TIG-3S)を用いて、ミトコンドリア呼吸鎖酵素の一つであるシトクロムc酸化酵素(cytochrome c oxidase, COX)の活性を測定した結果、老人由来細胞では、胎児由来細胞に比べてCOX活性が20%まで低下していた。また、ミトコンドリア内の翻訳活性を調べるため[35]-methionineをタンパク質合成系に取り込ませ、その活性を調べた。その結果、老人由来細胞ではミトコンドリア内の翻訳活性の低下が見られた。以上の結果から、老化に伴うミトコンドリア機能低下が確認できた。

次に、胎児由来、老人由来細胞のmtDNAを細胞融合によってヒトのmtDNA欠損細胞(ρ0細胞)へ移植し、細胞質雑種細胞(サイブリッド)を作製し、得られたそれぞれのサイブリッドのミトコンドリア内の翻訳活性とCOX活性を測定した。その結果、老人由来細胞のmtDNAを導入したサイブリッドのミトコンドリア内の翻訳活性、およびCOX活性は、胎児由来細胞のmtDNAを持つサイブリッドと同程度まで回復していた。

 

<考察>

以上の結果から、ヒト皮膚繊維芽細胞では老化に伴ってCOX活性が低下すること、ミトコンドリア内の翻訳活性が低下することが確認された。また、その原因は、mtDNAの体細胞突然変異の蓄積によるものではなくミトコンドリア内翻訳系に関わる核側からの因子によるものである可能性が示唆された。

 

<今後の展望>

 本研究で得られた結果をもとに、今後は老化に伴うミトコンドリア機能低下の原因遺伝子の探索を行う予定である。方法としては、核遺伝子のうちミトコンドリア機能に関わっている遺伝子の発現を直接検出する、human gene chipを用いたマイクロアレイによる遺伝子発現解析、核遺伝子に制御されているミトコンドリア機能にかかわるタンパク質の発現を検出する、二次元ポリアクリルアミドゲル電気泳動による解析を考えている。