つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 86     (C) 2003 筑波大学生物学類

トロポニンTの発現と筋発生

林 美有紀 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:宮崎 淳一 (筑波大学 生物科学系)


背景・目的:

 筋はactivin family等による中胚葉誘導に始まり、MyoMyf5による決定を経て、myogeninによって分化する。このように筋形成の分子機構の概要は解明されているが、各々の筋は特有の収縮特性や生化学的特性をもっており、そのような筋肉の発生における多様化、すなわち筋の細分化の仕組みについてはまだ明らかにされていない。当研究室では筋の細分化の仕組みを解明するために、トロポニンTを分子マーカーとした研究が進められてきた。トロポニンTは、速筋fTnT、遅筋sTnT、心筋cTnTアイソフォームに大別される。この三つの型はそれぞれ異なる遺伝子にコードされている。

 ニワトリ腓腹筋(gastrocnemius)では、基部側の白っぽい領域と先端部側の赤みを帯びた領域の間で、fTnTのエクソン1617の選択的スプライシングのパターンが異なっており、また、基部ではfTnTのみが発現し、先端部ではfTnTsTnTの両方が発現している。しかし、発生段階の初期では基部でもfTnTsTnTの両方が発現していることが先行研究により明らかにされている。さらに、胸筋(pectoralis major)や前広背筋(ALD)では発生段階初期においてcTnTも発現しているという報告がされている。そこで、筋発生段階の初期では発生段階の進んだものよりも遺伝子の制御が厳密に行われておらず、様々なTnTが同時に発現しているのではないかという仮説を立て、筋発生に伴うTnT発現の変化を明らかにすることを本研究の目的とした。

 

材料・方法:

 孵化後3日目、1日目のヒヨコ、20日目、18日目の胚を解剖し、腓腹筋を基部、真中部、先端部にわけて切り出した。ALDについては筋をわけずにそのまま切り出した。それらを抽出後、二次元電気泳動法を用いて蛋白質を分離・展開し、抗fTnT、抗sTnT、抗cTnT抗体を用いたWestern blottingを行い、fTnTsTnTcTnTの発生学的変化を調べた。

 

結果・考察:

 腓腹筋について、用いたサンプルの全てでfTnTsTnTcTnTの三種類の発現が見られ、成鶏でみられるような基部・先端部軸に沿ったアイソフォームの発現の相違は見られなかった。しかし、cTnTは、基部側ではスポットが一つだけ現れるのに対し、先端部側ではスポットが複数現れるという相違がみられた。

 この結果から、発生段階初期の筋ではTnTに関する遺伝子の制御が厳密に行われておらず、筋特有の収縮特性も獲得されていないだろうことが示唆された。