つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 48     (C) 2003 筑波大学生物学類

MEMS技術を用いた微小電極の製作及びカイコガ腹髄神経索における多点同時計測

古矢 勝重 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:神崎 亮平 (筑波大学 生物科学系)


MEMS技術を用いた微小電極の製作

従来、神経の電位変化を記録する手法として神経に直接ガラス微小電極を刺入する方法がとられてきた。しかし、近年、匂い情報処理は、複数のコンパートメントの時空間的処理で行われていると考えられており、従来のような電位の記録法では複数のコンパートメントを時空間的に同時計測することは非常に難しい。そこで、半導体製造技術から発展し,微小(マイクロサイズ)な回路や機械要素を製造する技術であるMEMSMicro-Electro-Mechanical Systemsの略)技術を用いて、一本の電極に複数の記録部位を持つ電極を作成した。現在はまだ、カイコガの脳に刺入出来るほど小型化が進んでいないために、筋電位しか記録できていないが、今後更なる小型が進めば神経からの記録も可能となると思われ、有力な研究ツールになると考える。

 

 Fig.1 MEMS技術を用いた製作した微小電極図

先端最小幅:50μm 記録部位:15μm×15μm×3

 

カイコガ腹髄神経索における多点同時計測

Introduction

本研究で使用した雄カイコガ(Bombyx mori)は,雌が放出する性フェロモンを触角にある受容器で受容したことによってプログラム化された特徴的な匂い源定位行動を起こす。そして脳内の運動制御系では電子回路のフリップフロップに似た信号がフェロモン刺激によって形成され、これが腹髄神経索を通って胸部神経節へ伝えられ、プログラム化された匂い源定位行動を指令・制御することが行動学的・生理学的手法により詳しく調べられている。しかし、この匂い源定位行動を引き起こす神経の信号は、嗅覚情報とそれを就職していると考えられている視覚情報などの感覚情報をそれぞれ異なる神経によって胸部神経節へ送られているのか、それとも既に上位中枢で統合された情報が送られているのか定かではない。この疑問を解き明かす方法のひとつとして、同時に複数の神経から記録して、その記録のなかで活動している神経の成分分離を行った。

Methods & Materials

本研究では雄カイコガの腹髄神経索をガラス管を用いた吸引電極で複数箇所を吸引し、細胞外電位記録法により多点同時計測を行った。刺激には匂い刺激と光刺激を行った。そのデータを解析装置(Cheetah)に入力し、記録したデータに含まれる神経の成分を分離した。

Results & Discussion

腹髄神経索を構成する数百本の神経から、フェロモンにのみ反応する神経の応答の抽出に成功した。また、複眼に対するスポット光のONにのみ反応するもの、OFFにのみ反応するものの抽出にも成功した。これにより、視覚及び嗅覚情報が別々の神経を用いて胸部神経節へ伝えられている可能性が示唆できた。