つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 44     (C) 2003 筑波大学生物学類

ウシガエル(Rana catesbeiana)における味細胞単離法の確立

増富 康亮 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:中谷  敬 (筑波大学 生物科学系)


<はじめに>

 我々人間においては、視覚、聴覚、嗅覚、体性感覚、味覚といった種々の感覚が知られている。これらは視覚、聴覚、体性感覚という物理的な刺激によるものと味覚、嗅覚の化学的なものに大きく分類することが出来る。いずれの場合においても、それぞれの刺激を受容する細胞(一次性感覚細胞)において刺激の情報が神経の電気情報に変換される。これがいわゆるシグナルトランスダクションと言われる過程であり、盛んに調べられて来ている。特に視覚、嗅覚を司る視細胞、嗅細胞においてはそのメカニズムが詳細に調べられている。味細胞に関しては近年徐々に研究が盛んになり、味物質の受容体や、その受容体と共役しているGタンパク質、その他シグナルトランスダクションに関わると考えられる種々の因子も同定されてきつつある。しかしまだまだ混沌としており、諸説入り乱れているのが現状である。当研究室においても視覚、嗅覚を中心に感覚細胞の電気生理学的解析が進められてきた。しかし、味覚における研究はまだ行われておらず、今後の研究に向けて実験系の確立、特にまず味覚系の一次性感覚細胞である味細胞の単離を行うことが必要となってきた。そこで本研究はウシガエル(Rana catesbeianaを用いて味細胞の単離法を確立することを最初の目的とした。そして味細胞の単離法が確立されしだい、パッチクランプ法を用いた電気生理学的手法により細胞内のシグナルトランスダクションのメカニズムを解析することとした。

 

<方法>

 カエルを低温にて飼育し冬眠状態にさせた。このことによって麻酔効果が得られる。その麻酔状態のカエルを鋏で断頭し、延髄を穿刺破壊した。舌を取り出し4℃のnormal Ringer’s solution(NaCl 115, KCl 2.5, CaCl2 1.8, Na-Hepes 2, Glucose 2)で洗浄し粘膜等を取り除いた後、Sylgardをひいたペトリディッシュ上に虫ピンで固定してnormal Ringer’s solution中に置いた。

@    実体顕微鏡下で舌上の茸状味蕾(fungiform papillae)を鋏を用いて切り取った。

@−1

 切り取った味蕾を、二価イオンを含まない溶液(Ca2+-free solution; Normal Ringer’s solutionからCaCl2を除いたもの)中に氷冷保存。続いて2mM EGTAを含むCa2+-free solution中にて25℃で25分間インキュベートした。味蕾をNormal Ringer’s solution中に移し、実体顕微鏡下で注射針を用いて機械的に組織を分離した。その後ガラス管キャピラリー(先端径0.2mm)でトリチュレーションを行った。

@−2

@−1で2mM EGTAを含むCa2+-free solutionでインキュベートしたのち、0.1% Collagenaseを含むCa2+-free solutionでさらに25分インキュベート(25℃)。リンスした後トリチュレーションを行った。

A    舌表面の組織を鋏で2mm角に切り取った。この組織片を0.1% Collagenaseを含むCa2+-free solution中にて室温で25分間インキュベートした。

A−1

Normal Ringer’s solutionでリンスした後Sylgardをひいたペトリディッシュに移しnormal Ringer’s solution中でピンセットを用いて分離した。

A−2

 Normal Ringer’s solutionでリンスした後Sylgardをひいたペトリディッシュに移し、実体顕微鏡下で鋏を用いて茸状味蕾を切り取り、先端径0.2mmのガラス管キャピラリーを用いてトリチュレーションを行った。

 

<結果と考察>

@−1は酵素処理による化学的なダメージを減らす目的で酵素を用いず、EGTA処理と機械的な分離ということのみで単離を試みた。しかしながら、おそらく注射針を用いて味蕾を内部からほぐす際に細胞にダメージを与えてしまい、観察された味細胞は細胞膜が壊れて萎縮してしまっていた。あるいは、最初の茸状味蕾を切り取る段階で時間がかかってしまう事も原因のひとつと考えられる。

@−2では、機械的ダメージを減らす目的で酵素を用いた。しかしながら観察される細胞はやはり傷んだものが多く、やはり初期の段階での作業時間が長くなってしまったことが原因と考えられる。

A−1では初期の段階での時間を短縮するために、味蕾を切り取る作業を省略した。しかし分離の際にピンセットのみを用いたので、単離が不十分で観察される細胞数が少なかった。しかしながら細胞に対する損傷は@の場合より遥かに少なくなった。

A−2では、さらに観察される細胞数を増やすために酵素処理を行った後に味蕾を切り取り、直後にトリチュレーションによって細胞の単離をより確実のものとした。その結果、パッチクランプ法を行うに十分数の単離細胞を確認することが出来た。