つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 65     (C) 2003 筑波大学生物学類

無機栄養元素欠乏植物における活性酸素抵抗性誘導への光阻害の影響

村岡 賢一 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:松本  宏 (筑波大学 応用生物化学系)


 

〈背景・目的〉

 植物の生育にとって、無機栄養元素は不可欠であり、したがってその量は非常に重要な環境要因の一つである。高等植物の必須栄養元素は、16種類であることが確認されている。この16種類の元素のうち一つでも欠乏すると、植物体内で様々な影響が現れてくる。必須の栄養素であるMgが不足すると、光酸化反応に対する防御酵素(Ascorbate peroxidase, Superoxide dismutase,catalase等)を誘導し、その結果として活性酸素に対する抵抗性が増加することが明らかとなっている。また、この誘導には光が関与することから光合成系の光阻害が関与している可能性があるが、その誘導機構は明らかになっていない。

 そこで、Mg欠乏下における光阻害の発生や、抗酸化酵素の誘導の確認を行うことを目的とした。

 

〈実験材料・方法〉

 供試植物としてインゲン(Phaseolus vulgaris L .cv .Meal)を用いた。生育方法としては、蒸留水を十分含ませたペーパータオルに播種し2日間発芽させた。発芽後、バーミキュライトに植え替え、グロースチャンバー内で初生葉展開期まで、約8日間生育させた。その間1/10の春日井水耕液を与えた。その後、水耕液に移し変え10日間生育させた(水耕液に移し変えた日を0日目とした)。この際、すべての栄養素を加えた処理区とMgを全く加えない処理区を設けた。なお、水耕の際にはすべてエアーポンプにより水耕液中に空気の供給を行った。

 

1.       Mg欠乏処理における光合成収率の変化の測定

010日目の初生葉での光合成収率(Fv/Fm)を、クロロフィル蛍光測定機OS30OPTI-SCIENCE)を用いて測定した。なお、葉部の測定部位にはパッチにより挟むことで約24時間の暗条件処理を施した。

 

2.       Mg欠乏処理における抗酸化酵素(APx,catalase)活性の経時的変化の測定

Mg欠乏処理後0,2,4,6,8,10日目のインゲンの初生葉から1g切断採取し、それを液体窒素で凍結・摩砕した。これを、遠沈管に移し抽出緩衝液とともにホモジナイズしたものを、15,000×g20分間遠心した。その上清をミラクロスでろ過したものを粗酵素液として、分光光度計を用いて単位時間あたりの吸光度変化を測定した。

 

〈結果・考察〉

 光合成収率の測定結果から、Mg欠乏処理区においてその低下が確認された。光合成収率の低下はMg欠乏処理後5日目頃から始まり、10日目には対照区に対して約80%ほどになった。光合成収率は、光合成におけるエネルギー変換効率を示す値である。つまり結果から、Mg欠乏処理によって電子伝達系におけるエネルギー収率が低下したことが明らかとなった。また、抗酸化酵素の測定結果から、Mg欠乏処理後6日目からAPx,catalaseともに活性が増加していることが明らかとなった。10日目では対照区に比べてAPxでは約180%、catalaseでは約210%となった。

 これらの結果から、植物体内で処理しきれない活性酸素が生成していることが考えられる。これらの活性酸素は通常状態の場合も生成しており、活性酸素消去系によって処理されている。しかし、Mg欠乏条件により増加した活性酸素が、活性酸素消去能を超えてしまい、光合成収率の低下や抗酸化酵素の上昇に繋がっているのではないかと考えられる。

 

〈今後の展開〉 

 現在は、抗酸化系酵素の一つであるSOD(Superoxide dismutase)Mg欠乏処理後の挙動を中心とした実験を行っている。また実験結果から、Mg欠乏処理を施すと5日目以降に何らかの障害が現れてくる。つまり、それまでの早い段階では、何らかの方法で活性酸素を消去している可能性がある。その一つの可能性として、光化学系の反応中心部分をなしているD1タンパクの分解−再合成といった代謝回転(turnover)の速度が、大きな影響を与えるのではないかと考えられる。そこで、今後はD1タンパクの分離と同定を行っていく。