つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2003) 2, 84     (C) 2003 筑波大学生物学類

プレB細胞レセプターの活性化による免疫グロブリンレパトア形成に関する研究

柳沢 有紀 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:沼田  治 (筑波大学 生物科学系)


背景・目的

 免疫担当細胞であるB細胞は抗体(免疫グロブリン)を産生し、マウスにおいては骨髄と胎児肝で造血幹細胞→プロB細胞→プレB細胞→未熟B細胞→成熟B細胞の順に発生・分化する。未熟/成熟B細胞は、抗原認識に関わる細胞膜結合型の免疫グロブリンH鎖とL鎖からなるB細胞レセプター(BCR)を細胞表面に発現している。しかし、プレB細胞ではL鎖が発現していないため、H鎖と代替L鎖(VpreBとλ5)からなるプレB細胞レセプター(pre-BCR)を発現する。

 プロB細胞期にH鎖遺伝子の再構成が起こり、H鎖可変部の多様性を生む。再構成のあと細胞はL鎖に代わる代替L鎖を発現・結合させて、すなわちpre-BCRを形成して、発現したH鎖が機能的か否かをチェックする。機能的なH鎖を発現した細胞は増殖してL鎖遺伝子の再構成を行い免疫グロブリンのレパトアを形成する。レパトアとは、機能的な可変部の多様性のことであり、抗原認識の多様性を意味する。

 H鎖遺伝子の再構成後、代替L鎖による選択を受ける前のH鎖の中に、代替L鎖とは結合できないが、L鎖とは結合できるものがあることが示唆されている。つまり、本来であれば多様の抗原を認識するために必要である抗体の多様性が、B細胞の分化過程に必須のpre-BCRによるH鎖の選択によって制約を受け、これによって免疫グロブリンのレパトアが大幅に減少している可能性がある。このことは、多様な抗体を作ってあらゆる抗原に対応しようという生体の戦略に矛盾するのではないだろうか。

 本実験では、このような現象があることを検証し、そのようなH鎖を解析することによって、B細胞の分化においてどのようなH鎖が選択されてくるのかを詳細に知ることを目的とした。まず、プレB細胞に発現しているpre-BCRによって選択を受ける前の多様なH鎖について、代替L鎖との結合性および、L鎖との結合性を比較して、L鎖と結合できるH鎖集団の方が大きいことを検証しようとした。

実験方法

 細胞に発現させる遺伝子(GFPマーカーを付けたλ5鎖およびYFPマーカーを付けたL鎖)を挿入したプラスミドを精製し、パッケージング細胞であるφNXに導入してレトロウィルスを作成した。λ5欠損マウスのプレB細胞を培養し、レトロウィルスの感染を用いてλ5鎖遺伝子、L鎖遺伝子を同時に発現させ、そのパターンをフローサイトメトリーで解析した。

遺伝子が導入されればその遺伝子産物はpre-BCRもしくはBCRを形成すると考えられるので、その細胞に発現する固有のH鎖についてL鎖および代替L鎖との結合性をみることができる。両方のウィルスが感染した細胞(GFP陽性YFP陽性)においてL鎖のみが結合した細胞を見つけることで前述の仮説について検証することができる。

結果

1) YFP-L鎖遺伝子プラスミドの作成とウィルス感染・発現のチェック

GFP-L鎖遺伝子プラスミドからL鎖遺伝子を切り取り、IRES配列を介在させてRFPまたはYFP遺伝子につなげた。それぞれの遺伝子を組み込んだレトロウィルスをλ5欠損マウス由来プレB細胞株のX16に感染させ、感染させなかった細胞と比較しより明確な発現の差をみることができたYFP-L鎖遺伝子プラスミドを得た。

2)ウィルスの感染効率の検討と作成

φNXの培地の組成、プラスミドとプラスミド導入のための試薬の割合、ウィルスの感染効率をあげるための試薬の添加量を最適化することにより、X16において45%の感染効率を得ることができた。この条件に基づいてGFP-λ5鎖ウィルス、YFP-L鎖ウィルスを作成した。

3) λ5欠損マウス由来のプレB細胞へのウィルス感染と発現パターンの解析

λ5欠損マウスより胎児肝および骨髄を分離し、IL-7存在下ストロマ細胞上で培養した。この培養系にレトロウィルスを感染させ、方法に述べたように解析した。このとき、ストロマ細胞も一緒に感染させたためにターゲットであったプレB細胞への感染効率が低かった。また、BCRを発現した細胞がpre-BCRを発現する傾向はみられたが、BCRを発現した細胞でpre-BCRを発現しない細胞を見つけることはできなかった。

今後の展開

問題点の1つとして、ターゲットとなるプレB細胞へのウィルス感染効率が低いことが挙げられる。この点についてはストロマ細胞の影響を除くために、λ5欠損マウス由来の多様なH鎖を持ったプレB細胞をAbelson白血病ウィルスでトランスフォームし細胞株をとることを試みている。実験系を最適化した後、L鎖および代替L鎖との結合性に差のあるH鎖の遺伝子配列を解析し、H鎖レパトアの成立機序を明らかにしたい。

なお本研究は国立感染症研究所・免疫部の大西和夫先生の御指導のもとで行った。