つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3: TJB200410HK.

特集:植物の世界(平成16年度筑波大学公開講座)

遺伝子組換え植物

鎌田  博(筑波大学 生命環境科学研究科)

 100年以上前、チェコ(ブルノ)の教会で修道士をしていたメンデルがエンドウ豆の形質(種子の形や色など)が親から子に伝わっていく様子を何年にも渡って観察し、その規則性に気がつき、生物の形質(形や色をはじめとするさまざまな性質)が親から子へと伝わる(遺伝する)際の法則(メンデルの遺伝の法則)を発見したことはよく知られている。親から子へと引き継がれていく生物のさまざまな形質を決めている因子は遺伝子と名付けられ、この遺伝子の本体の解明や遺伝子の働く仕組み(遺伝子が生物の形質として現れる仕組み)の解明が20世紀の生物学の最も重要な課題であった。約50年前、若い2人の研究者(ワトソンとクリック)がこの遺伝子の本体がDNA(デオキシリボ核酸)であることを突き止め、DNAの2重らせんモデルを提唱し、ノーベル賞を授与されたこともよく知られている。このモデルの内容とその意義については講義の中で詳しく説明するが、最も重要なことは、遺伝子の本体であるDNAは、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類の塩基が1列に並んだ2本の鎖で構成されており、2本の鎖はAとT、GとCが互いに結合することで、ねじれた梯子のような構造を取っていること(同じもののコピーを作り、細胞分裂で生じた2つの細胞は全く同じ遺伝子を持つことがうまく説明できる)、および、3つの連続した塩基の並びによって1種類のアミノ酸(蛋白質を構成する20種類のアミノ酸)が決定される(塩基の並びをもとに蛋白質のアミノ酸の並び方が決定される)ことである。

 その後、全ての生物が遺伝子としてDNAを使っていること、遺伝子はそこにあるだけでは生物学的には何の働きもせず、必要な場所、必要な時期に、必要な部分から蛋白質が合成されることが明らかになった。例えば、赤いバラはその個体を構成している全ての細胞が両親から受け継いだ全く同じ遺伝子(多数の遺伝子群)をもっているが、葉や根が赤くなるわけではなく、花ができた時に始めて赤い色を作る遺伝子が働くことは誰でも理解できることであろう。個々の遺伝子が必要な時期に必要な場所で働くことを決めているのは蛋白質の塩基の並びを決めているDNAの塩基の並びの前にある塩基の並びであり、プロモーターと呼ばれている。

 ところで、植物はさまざまな病原菌に感染し、いろいろな病気にかかるが、大昔からよく知られている(アリストテレスが記載している)病気の1つとして根頭癌腫病(クラウンゴール病)(ブドウなどで、地面に近い茎の部分にこぶが出きる病気)があり、その原因が解明されたのは1970年代の半ばであった。この病気の原因は土壌中の微生物(アグロバクテリウム菌)であり、驚くべきことに、この菌は自分が持っている遺伝子(DNA)の一部(T-DNAと呼ばれている)を植物の細胞中に送り込み、植物自身の遺伝子(DNA)の中に挿入し、あたかも昔から植物の遺伝子(DNA)の一部であったかのごとくに振る舞い(メンデルの遺伝の法則に則って子孫にも引き継がれる)、このT-DNA上にある遺伝子から蛋白質が作られ、こぶができることが明らかにされた。この現象は自然界で見られる最も代表的な遺伝子組換え(ある生物の遺伝子が別の生物に移入されることであり、移入された遺伝子に基づく形質が現れることを形質転換と呼んでいる)の事例である。微生物では、ある微生物が持つ抗生物質に強くさせる(抗生物質耐性)遺伝子が接合伝達という仕組みで他の微生物に移入されることがよく知られており、これも自然界で見られる遺伝子組換えの代表的な事例である。

 微生物で見られるこの遺伝子組換えがもとになり、ある生物から取りだした遺伝子(DNA)を人為的に操作した上で(例えば、微生物の遺伝子(蛋白質になる部分)を植物のプロモーターにつなぎ換える)、別な生物に移入する(遺伝子組換え実験と呼ばれている)ことが可能となったのは1970年代半ば以降である。この遺伝子操作技術を基盤とし、さまざまな生物の遺伝子を人為的に細工した後に別な生物に導入することが次々と可能となってきた。植物においても、大腸菌を使って目的の遺伝子に人為的な細工(動物の遺伝子を植物の中で働くようにする等)をした上で、上述したアグロバクテリウム菌を使って目的の植物に遺伝子を導入することが可能となった。このようにして作成された植物が遺伝子組換え植物と呼ばれており、さまざまな農作物の品種改良技術として活用されている。講義の中では、さまざまな遺伝子組換え植物(農作物)を紹介するとともに、遺伝子組換え食品としての安全性の科学的な考え方についても概説する。

Contributed by Hiroshi Kamada, Received October 8, 2004.

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