つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3: TJB200410KO.

特集:植物の世界(平成16年度筑波大学公開講座)

湿地と絶滅危惧植物

小幡 和男(ミュージアムパーク茨城県自然博物館)

研究概要

〈研究の目的は〉
 レッドデータブックに掲載されている絶滅危惧植物は、高山や離島など原生に近い自然よりも、人里や里山と呼ばれる身近な地域に生育する種である場合が多い。以前は、水辺の湿地、池沼、雑木林や採草地などがいたるところにあったが、それらの場所は、住宅地や工場用地、運動公園、ゴルフ場など、開発の絶好のターゲットとされ、そこをすみかとする植物は激減した。また、それらの場所は、開発には至らなくとも、放置されて遷移が進行し、荒れ放題となっている。かつて、雑木林や湿地は、燃料や肥料、飼料などの供給源として、人々の生活に密接に関係していた。草刈りや野焼きなどでおこる適度な攪乱で保たれてきた絶滅危惧植物の生育する環境は、人の手が入らなくなることで悪化の一途をたどっている。特に、その傾向は、平野部の河川や湖沼の湿地において著しい。本研究は上記の観点により、茨城県平野部において、絶滅危惧植物の生育する湿地の現況を把握し、そこに生育する絶滅危惧植物の生態を明かにし、その保全の方策を講じることを目的とする。

〈野焼きがタチスミレを救う〉
 菅生沼のオギ群落に、草丈が1mを超える風変わりなスミレ、タチスミレ(絶滅危惧IB類)が生育する。タチスミレの生育するオギ群落を放置すると、数年で枯れた植物が地面につもり、オギ以外の植物はほとんど生育できなくなる。かつて、オギを屋根材に使っていたころには定期的な草刈りや野焼きが行われ、タチスミレにとっても良好な環境が維持されていた。この菅生沼で、野焼きがタチスミレの生育にどのくらいの影響を及ぼすか、野焼きとタチスミレの発芽の関係はどうなっているのかを検証する。

〈オニバスの目を覚ませ〉
 かつて池沼の水辺では、水草を採って緑肥にする「もくとり」が行われたり、船着き場を整備するため、湖岸や湖底を掘り起こすことがよくあった。オニバスやミズアオイ(いずれも絶滅危惧U類)などは、埋土種子といって湖底の泥中に何年も種子を休眠させ、掘り起こしによる攪乱があると再び目を覚ます。再び菅生沼で、掘り起こしによってどんな植物が目を覚ますのか実験してみる。

〈堰が切れるとキタミソウ〉
 小貝川の福岡堰は4〜8月の期間閉じられ、周辺の水田に水を供給する。9月初めに堰が開くと、上流側で夏の間水没していた地面が現れ、植物がいっせいに芽を出す。このようなところは大型の植物が繁茂することがないので、短い期間で生活のサイクルを完了できる植物にとっては格好のすみかになる。キタミソウ(絶滅危惧IA類)は、本来、亜寒帯の湿地で短い夏を生きる植物であるが、日本では人為的な水位管理のあるこのような場所で生育している。キタミソウの生きる絶妙な生育環境を小貝川で探ってみる。

〈河畔林は湿地の植物のオアシス〉
 人為的な攪乱のなくなった湿地では、ヨシやオギなどが優占する群落になり、他の植物が共存できる余地はほとんどなくなってしまう。しかし、ヤナギ類、ハンノキ、クヌギなどの河畔林下では、暗くてヨシやオギが侵入できず、植物の多様性を高めている。ハナムグラ(絶滅危惧IB類)、チョウジソウ、マイヅルテンナンショウ(絶滅危惧U類)なども河畔林によく生育する。小貝川において、河畔林の内外で植物相がどう変化するかを探ってみる。

〈まとめると〉
 @人為的な攪乱(草刈り、野焼き、掘り起こしなど)、A水位管理(堰の開閉などによる季節的な水位変化)、B河畔林の保全(多様な生育環境を保つ)、この3つの事項を、湿地に生育する絶滅危惧植物を保全するキーワードととらえ、その方策を考察する。

ミュージアムパーク茨城県自然博物館

 当館は、1994年に県立施設としてははじめての自然史系博物館として、県内最大の自然環境保全地域「菅生沼」のほとりに開館した。「過去に学び、現在を識り、未来を測る」という基本理念のもとに、自然のしくみを楽しみながら学ぶことができる。また館名に冠したミュージアムパークという名称には、野外施設とした16ヘクタールに及ぶ既存の里山的環境を、自然体験学習の場として活用するだけでなく、市民の憩いの場として、となりの公園的感覚で利用してほしいという思いを込めている。そして、開館10周年となる2004年には、新しい博物館の目標を「自然と共生し、市民と協働する博物館」と定め、自然との調和ある共存と、市民参加による運営を目指している。



ミュージアムパーク茨城県自然博物館


左:タチスミレ、右:キタミソウ

 
Communicated by Junichi Miyazaki, Received October 8, 2004.

©2004 筑波大学生物学類