つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3: TJB200410KO.

特集:植物の世界(平成16年度筑波大学公開講座)

筑波大学構内の植物探索

路川 宗夫(生命環境科学等支援室)

1.  40年近い植物採集を振り返って

 筆者は、小学生後半から中学生の頃に植物の標本作りを始めて、身の回りにどんな植物が生育しているのかを調べ始めた。しかし、植物の名前を教えてくれる人はまわりにだれひとりいなかった。高校生の頃に、ある有名な植物研究者と言われる人のところに、わからない植物の標本をもっていって、名前をきいたが、その先生には分類の素養がまったくなく、その標本のスケッチをしてくれただけで、正しい名前を調べてはもらえなかった。大学の後半頃に、当時、日本人では5本の指に入るといわれるような、偉大な植物採集家に出会い、植物採集の手ほどきを受けるとともに、わからない植物の名前の調べ方を指導してもらった。それ以来、植物の標本を作っては、正確な名前を調べる訓練を続けてきたので、いくらかこつがわかってきたように思える。もしあなたが中学や高校の先生だとして、生徒の中に「植物の名前を教えてください」とききに来たとしたら、「今すぐにはわからないのだけれど、一緒に調べてみましょう」と名前調べを生徒と一緒に行える手がかりをつかんで頂きたいのです。

2. 植物の名前調べの取り組み方

 恩師が筆者に、植物の調べ方には(1)特定の分類群についてより詳しく調べていく方法と、(2)ある特定の地域のフロラを徹底的に調べて行く方法と、2本立てがあるということを教えてくれた。どちらにしても、植物の名前を調べていく上で重要なことは、必ず植物標本を作ることです。  ここで、植物標本について少し説明しておきます。(1)植物には名前があって、その種を特徴づける分類形質に着目すれば、正確な名前を引き出すことができるようになる。(2)植物標本は分類学上の基本的でしかも重要な研究材料である。標本はその植物の世代交替の一面でしかないわけだが、種には個体によって様々な変異があり、多くの標本を調べることによってその種の変異の幅がみえてくる。(3)特定の地域のフロラを研究する場合、標本はフロラの一員としての種の存在の証拠となり、標本を集積していくことによって、フロラの要員がわかってくる。(4)最近の分類学は、標本による個体レベルの研究から、個体群(種の内部での個体の集団)レベルでの内部構造の解析へと変わりつつあり、個々の植物の種の分類学上の位置付けや、種名の取り扱いの修正が少しずつ進められつつあり、地球の歴史の中で自然自身が与えた分類群としてのより正しい位置付けを決定していくという方向にあります。用いられる研究の手法は、時代により変わっても、長い地球の歴史の中で、自然自身が作り上げた種の存在は不変なはずです。

3. 筑波大学構内にはどの位の種類の植物が生育しているのか?

 筑波大学の開学以来、この素朴な疑問を解明するために、大勢の人達が取り組んできました。大学構内をフロラのエリアと想定して、そこに生育している野生の植物の種類を網羅する。簡単なようで、大変な労力を要する研究です。筆者らが20年前に行った調査では、約600種の野生の植物が生育していました。20年たった現在、再び調査をし直してみて、約400種位の植物が生育していることがわかってきました。200種もの植物の種が消滅してしまったことになります。この原因はいくつか考えられるのですが、(1)20年前に比較して、駐車場が数倍に増えている。それ程車が増えているということです。そして(2)鉄筋コンクリートの建物も増えている。野生植物の生育するスペースが減少しつつあるのです。さらに(3)学内にはまだたくさんの松林が保全林として残されているのですが、林内の手入れがほとんどされずに、アズマネザサが増えて、林内の環境が荒廃したために、在来の林床生の植物が生育できなくなったものが多い。この20年の間に(4)大学構内も次第に都市化の傾向にあり、空間の地面も次第に乾燥化しつつあって、湿地生の植物が少なくなってしまった。

 標本を作りながら、学内フロラを再調査してみて、その植物の種を判定するのに必要な、分類形質を備えた適切な標本を採集することは、かなりの熟練と、種を判断して採集する能力が必要だということ。また標本作りは非常に面倒なことですが、それを面倒がって行わないと、植物の名前は覚えられないということも事実です。公開講座としての植物探索の実際は、この継続的な調査の一部として行うものです。実際に植物を採集しながらでないと説明できないことを、植物を手にとって見せながら、行う予定です。

Communicated by Junichi Miyazaki, Received October 8, 2004.

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