つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3:
TJB200410YY.
特集:植物の世界(平成16年度筑波大学公開講座)
カラフルな海藻は語る横浜 康継(元 筑波大学 生物科学系)
色彩は生活の知恵「植物は緑」という「常識」は海中では通用しない。海中に住む植物のほとんどは藻類で、その中の肉眼で見える大きさで海底に定着しているものを海藻と呼ぶのだが、それらは緑藻類・褐藻類・紅藻類の3グループに分けられる。 緑・褐・紅という文字がグループの名称に使われていることからも、海藻は緑一色でないことはうかがえるが、同一グループに属するすべての種が同じ色を帯びているというわけでもない。そのために海藻の色彩はきわめて多様になるのである。 3グループの中でも紅藻類が最もカラフルなのだが、そのわけは、この仲間のすべてが緑・黄・青・赤という4色の色素を含んでおり、そして各色素の含有量が種により、また同一種でも環境や季節によって変わるからである。 海藻を素材とした食品の中で私たちに最もなじみ深い「のり」はまっ黒に見えるが、その原料になるアサクサノリの仲間は紅藻類に属する。最近の「のり」は「焼海苔」の形になっていて、透かすと緑色に見えるが、素干しの「のり」や生きたアサクサノリの仲間は紫を非常に濃くしたような色を帯びている。 アサクサノリの仲間のほとんどはごく浅いところに生育する。一般に紅藻類に属する種は浅い所に生育するものほど黒に近い色を帯びるという傾向があるが、水深10メートルあるいはそれ以上の深い所に生育する種は紅藻という名にふさわしい紅色を帯びているものが多く、中間的な深さでは、小豆色や茶色から青緑色を帯びたものまで見いだすことができる。 紅藻類が含有する4色の色素のうちの緑はクロロフィル(葉緑素)、黄はカロテノイドで、これらは陸上植物の緑葉にも含まれているが、青はフィコシアニン、赤はフィコエリスリンという共に藻類のごく限られた仲間にしか見いだせない色素タンパクである。 クロロフィルは太陽光のエネルギーを化学エネルギーに変換する光合成という作用で中心的な役割を演ずる色素だが、カロテノイドの何種かとフィコシアニンおよびフィコエリスリンは、それぞれの色と補色の関係にある色の光を特によく吸収して、そのエネルギーをクロロフィルに渡すアンテナの役割を果たすことが知られている。 紅藻類における生育深度に従った色彩の変異は、4色の各色素の含有量の違いによるというわけだが、これは太陽光が深くに進むに従って強さばかりでなく質も変わる海中の光環境への適応とみなすことができる。 太陽光は海面に達した時は白色だが、その主成分中の赤色光は水に最も吸収されやすく、青色光は最も散乱しやすいため、水深5メートルあたりにはほとんど緑色光しか届かない。フィコエリスリンは厳密にはマゼンタ(ピンク)に近い色を持ち、その補色である緑色の光を最も効率よく吸収できる。紅藻類の深所に生育する種の多くが紅色を帯びているのは、この色素を多く含み緑色光をほとんど吸収できない他の3色の色素はわずかしか含んでいないためである。逆に浅所に生育するアサクサノリの仲間などは4色の色素すべてを高濃度に含んで黒に近い色を帯びていて、浅所に白色のままで届く太陽光を効率よく吸収する。海藻達のカラフルさは海中に生きる「生活の知恵」とも表現できよう。 ワカメは何色?「ワカメは緑」と信じている人は多いようだが、それは「わかめ」という食品の色で、ワカメはコンブの仲間などと共に褐藻類に属する褐色の海藻なのである。生きている褐色のワカメを熱湯に漬けると一瞬で緑に変わる。食品の「わかめ」はそのようにして緑色に変わった状態にあるのだが、このことは褐色のワカメにも緑色のクロロフィルが含まれているということを、私たちに教えてくれる。 褐藻類はクロロフィルの他に何種かの黄色のカロテノイドを含んでいるが、フコキサンチンというカロテノイドは生きた細胞の葉緑体(この名は変だが)の中では赤い状態で存在している。そのために生きたワカメなどは褐色に見えるのでのだが、赤い状態のフコキサンチンは熱湯に漬けると簡単に本来の黄色に戻ってしまう。緑色に見える「わかめ」は緑色のクロロフィルと黄色に戻ったフコキサンチンとを含んだ状態にあるということになる。 赤い状態のフコキサンチンも緑色光を効率よく吸収して、そのエネルギーをクロロフィルに渡す、というアンテナの役割を果たしている。そのため褐藻類もほとんど緑色光しか届かない深所でも生きられると言えるが、褐藻類でも浅い所に生育する種ほど黒に近い色を帯びるという傾向がみられる。 緑藻類の浅所型と深所型緑藻類はすべて「緑の藻」と思われがちだが、この仲間は緑という文字のイメージからほど遠い「海松色」と呼ばれる色を帯びた種を多く含む。海松色は平安朝頃からの伝統色で「ミルイロ」と読むのだが、ミルは緑藻類の一種で、ミルやヒラミルなどを除くこの仲間のほとんどの種は深所に分布している。 海松色は「褐色がかった暗緑色」あるいはモスグリーンを濃くした色とでも言い表すしかないのだが、私たちの祖先はこの色を非常に好んだようである。 緑藻類は赤い色素を含有しない仲間と信じられてきたのだが、海松色の種類の生体内には、緑色光を特異的に吸収して、そのエネルギーをクロロフィルに渡す、というアンテナの役割を果たす赤い色素が存在する、ということ、そしてその正体はシフォナキサンチンという黄色のカロテノイドである、ということが発見されたのは比較的最近のことである。そしてこの色素を含有する種は深所型、これを含有しない種は浅所型と呼ばれるようになった。 植物の上陸いろいろな海藻と陸上植物の葉について含有する色素を分析して比較すると、緑藻類の浅所型と草木の葉とで色素の組成が完全に一致するということがわかる。陸上植物は海藻の子孫なのだが、陸上植物の最も近い祖先は緑藻類の浅所型だったと言える。 植物は今から4億5000万年前頃に上陸したとされているが、約30億年前とされる海中での植物(植物プランクトン)の出現年代からすると、ごく最近のことと言える。これほど植物の上陸が遅くなった背景にはオゾン層発達の歴史が存在する。 誕生直後の地球の大気にはオゾン層どころかオゾンの原料にあたる酸素ガスさえ存在しなかったと言われるが、海中での植物プランクトンの光合成によって発生した酸素ガスから生成したオゾンが徐徐に蓄積し、それに伴って発達したオゾン層によって紫外線が弱められたのだが、今から6億年前頃まではまだ致死量の紫外線が水深5?10メートルまで届いていたという。 陸上植物の葉と同じような緑色を帯びた緑藻類の浅所型の最初の種は、深所型の種からシフォナキサンチンを失った色変わりの子として生まれたはずだが、深いところでの生活に必要な赤い色素を失った緑色の海藻が生き残れるようになったのは約6億年前より後であったということになる。そしてその後のオゾン層の発達によってようやく4億5000万年前頃には陸上も安全になり、植物の上陸が可能になったと言うことができる。 太陽エネルギーと二酸化炭素の缶詰植物とこれに続く動物の上陸を可能にしたオゾン層の発達には、海藻も寄与したはずだが、大きく寄与したのは植物プランクトンのほうである。現在でも、地球表面の約71%を占める海洋の水深100〜200メートルまでの範囲で増殖できる植物プランクトンの光合成量は、陸上における植物全体のそれをしのぐと考えられている。 植物プランクトンが光合成によってオゾンの原料となる酸素ガスを発生する際には、ほぼ同量の二酸化炭素を吸収する。同時に太陽光を吸収して増殖した植物プランクトンの遺骸が海底に沈み地下に埋もれて変成したものが石油なので、石油は太古の太陽エネルギーと二酸化炭素の缶詰のようなものである。これを掘り出してエネルギーを取り出すと、缶詰のふたを開けたことになり、不必要な二酸化炭素までが発生してしまう。誕生直後の地球大気には膨大な量の二酸化炭素が存在していたという。その大部分はサンゴや藻類その他の微生物の働きによって、炭酸カルシウムの形で地下に閉じこめられたが、石油や石炭などの化石燃料として閉じこめられた分も無視できない。 化石燃料を燃して二酸化炭素を増加させている私たちは、地球の環境を太古へ押し戻していることになるが、オゾン層の破壊についても同様と言える。 地球環境問題を理解する糸口としての海藻おしば講座カラフルな海藻達の色彩は海中という環境で光を求める彼らにとっての「生活の知恵」であることを知れば、海水の汚濁を進行させている私たちの生活を改めようとする意識が芽生えるだろう。さらに海中の植物の世界がカラフルなのに陸上植物の葉が緑一色であるという謎を解くと、オゾン層破壊や化石燃料の消費による二酸化炭素増加という地球環境問題の本質的な理解に至る。しかし海藻達は普段私達の目に触れない海面下に生活しているため、彼等の色彩や造形の美しさは、これまでほとんどの人に知られないままであった。 筑波大学下田臨海実験センターでは約20年前から、学術標本の域を超えて美しさに重点を置いた「海藻おしば」の制作を試み、さらに児童から高齢者までの誰でも楽しみながら海藻に親しめる「海藻おしば講座」を、地球環境問題を本質的に理解するための糸口として開いてきた。 著書横浜康継 1982 海藻の謎. 三省堂 Contributed by Yasutsugu Yokohama, Received October 8, 2004.
©2004 筑波大学生物学類
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