つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

細胞間ジャンクションを構成するタンパク質の構造の解析と動物間における比較

田中 千咲 (筑波大学 生物学類 4年)
指導教官: 古久保(徳永) 克男(筑波大学 生物科学系)、 小田 広樹(JT生命誌研究館)



<目的>
 電子顕微鏡による観察では、上皮細胞の細胞間結合(ジャンクション)の構造に動物群間で違いが見られる。 また、その形成に関与するタンパク質についても、例えばadherens junction(AJ)に存在するcadherin分子のように、動物群間で構造に差異が確認されているものがある。 このような上皮細胞のジャンクション構造、及びその機能に関わるタンパク質の構造の動物間における多様性は、動物のボディプランや体の形の進化にも関係していると期待される。
 本研究では脊椎動物・無脊椎動物間で分子構造に差異のあるジャンクション関連タンパク質に着目し、大進化の過程で起こったゲノム上の変化を検出することを目的としている。

<実験内容・結果>
 細胞間ジャンクション形成に関わる既知のタンパク質のうち、ショウジョウバエと脊椎動物において互いに相同な分子(ホモログ)が存在し、かつそれらの分子のドメイン構成に差異のあるものを探索した。 その結果、ショウジョウバエのStardust(Sdt)と、そのホモログである哺乳類のprotein associated with Lin Seven(Pals1)が候補に挙がった。(図1)

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 一方、ナメクジウオ(Branchiostoma belcheri)成体の神経索のEST(Expression sequence tag)解析によって、SdtとPals1に類似の配列を持つクローンが得られた(阿形博士、倉谷博士、窪川博士との共同研究)。 そのESTのクローンを使ってプローブを作成し、ナメクジウオ原腸胚のcDNAライブラリーのスクリーニングを行って、同一遺伝子に由来する複数のcDNAクローンを単離した。 そのうち最も長い挿入DNAを持つクローンの塩基配列を決定したところ、このcDNAが1027アミノ酸から成るポリペプチドをコードしていることがわかった。
 予想されるアミノ酸配列にはN末領域に1つのpostsynaptic density 95/discs large/zona occludens 1ドメイン(PDZ)、C末側にLin-2/Lin-7ドメイン(L27)、PDZ、Src homology 3ドメイン(SH3)、及びGuanylate kinaseドメイン(GuK)が見られた。 このアミノ酸配列の全体を使ってBlast検索を行ったところ、そのC末側領域がヒトPals1とショウジョウバエSdtの対応する領域と高い相同性を示すことがわかった。 この領域はdiscs large等の他のPDZドメインタンパク質とも相同性を示したが、その相同性はPals1、Sdtに比べて低かった。このことから、単離したナメクジウオの遺伝子はsdtのホモログであると結論づけ、Bb.sdtと命名した。
 Bb.Sdtタンパク質はN末側にPDZを持っている点で、Sdt、Pals1のドメイン構成とは異なっていた。 そこでこのPDZを含むN末側領域の配列を用いて、更にBlast検索を行った。 その結果、高い相同性を示す領域がショウジョウバエのゲノム上に見つかったが、公開されているヒト、マウス、ホヤのゲノム上には見つからなかった。 そのショウジョウバエで見つかった領域は、sdt遺伝子のすぐ近傍であった。

<考察>
 Pals1とBb.Sdtの間で見られたドメイン構成の違いから、脊索動物の進化の過程でN末側PDZの付加または欠失による大きな構造変化が起こった可能性が考えられた。 また、ショウジョウバエではこのPDZを含む遺伝子産物が存在している可能性も考えられた。

<今後の展開>
 今後は上述した可能性を確かめるため、ショウジョウバエのsdtの遺伝子産物の解析を行う必要がある。 同時に、他の動物でもSdtのドメイン構成を明らかにすることにより、どのドメイン構成が祖先型であり、派生型であるかについて検討していく予定である。 更に本研究により新しく見つかった無脊椎動物SdtのN末側PDZの機能的解析も進めていきたい。