つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

ES細胞を用いた突然変異型ミトコンドリアDNA導入マウスの作製

石川 香 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 林 純一 (筑波大学 生物科学系)



<背景と目的>
 ミトコンドリアは、好気呼吸によって生体内におけるATP産生の大部分を担う細胞内小器官であり、その内部に核とは独立した独自のゲノムとして、環状二本鎖のミトコンドリアDNA(mtDNA)を有している。このmtDNAには呼吸鎖酵素複合体のサブユニットやミトコンドリア内の転写・翻訳に必要なrRNA、tRNAなどがコードされている。特定の欠失または点突然変異型mtDNAが蓄積することでミトコンドリアの呼吸機能が低下し、ミトコンドリア病と総称される多様な病態を引き起こすことが知られているが、その発症メカニズムや治療法などは、ほとんど明らかになっていない。それらを解明するためには、実際にmtDNAの突然変異が原因で病態を示すモデル動物の作出が急務である。
 近年、所属研究室において大規模欠失突然変異型mtDNA(ΔmtDNA)を高い割合で有する病態モデルマウス(mito-mouse)が作製された。mito-mouseの作製には、ΔmtDNAが野生型mtDNA(WT mtDNA)に比べてゲノムサイズが小さいためにより速く複製され、個体の成長に伴って変異の割合が増加するという、ΔmtDNAの複製上の利点が必要不可欠な条件であった。そのため、mito-mouseと同様の作製方法によって、複製上の利点のない点突然変異型mtDNAをマウスに導入することは難しいと考えられる。
 複製上の利点のない外来性mtDNAをマウスに導入するためには、ES細胞を用いたmtDNAの導入法が考えられる。実際に所属研究室の先行研究において、複製上の利点がない異種のmtDNAを高い割合で有するキメラマウスの作製に成功しているため、同様の方法で点突然変異型mtDNAをマウスに導入することも可能ではないかと示唆された。
 しかし現時点では病原性点突然変異型mtDNAを有するマウス培養細胞が得られていない。そこで本研究では、既に病原性を有していることが判っているΔmtDNAをES細胞を介してマウスに導入することによって、病原性点突然変異型mtDNAのマウス個体への導入が可能であるか否かを検討することを目的とした。


<材料と方法>
 まず、マウスES細胞(TT2-F, XOタイプ)に、ミトコンドリアを消失させることが知られている薬剤Rhodamine-6G(R6G)を処理することで、内在性のミトコンドリアを減少させた。これに、ΔmtDNAを有するマウス繊維芽細胞(Cy4696)を脱核して得られた細胞質体を、ポリエチレングリコール(PEG)存在下で融合させ、ΔmtDNAが導入されたES細胞を作製した。このES細胞を、マウス8細胞期胚にマイクロインジェクションによって導入し、キメラマウスの作製を試みた。


<結果と考察>
 キメラマウス作製の技術的なコントロールとして、内在性のWT mtDNAのみを有するES細胞を胚に導入したところ、得られたキメラマウスは毛色キメラ率が高く、Germline-transmissionによってES細胞由来の子孫を得ることができた。この結果は、実験操作的にはES細胞を介してES細胞内のmtDNAをマウス個体に導入できるということを示している。
 一方、ΔmtDNAを有するES細胞を導入して得られたキメラマウスは毛色キメラ率が低く、Germline-transmissionも起こらなかった。ΔmtDNAを導入したキメラマウスのキメラ率が低い原因として、ES細胞におけるΔmtDNAの割合が高すぎるとES細胞自体の呼吸活性が低下し、それに伴って分化能が低下してしまったということが考えられる。また、Germline-transmissionが起こらなかった原因としては、キメラ率が低いために生殖系列におけるES細胞由来の細胞が不十分であったことが挙げられる。つまり、ΔmtDNAを導入したES細胞が一定以上の高い分化能を維持した状態でなければ、キメラ率の高いキメラマウスを得ることはできず、Germline-transmissionも起こらないと考えられる。
そこで、以下の方法でΔmtDNAを低い割合で有するES細胞を樹立することを試みた。@ES細胞に対するR6Gの処理を緩和することで、ES細胞の内在性mtDNAをより多く残した状態で融合する方法、AΔmtDNAのドナーとなるCy4696細胞のクローニングによってΔmtDNAの割合が低いCy4696株を樹立し、それをES細胞と融合する方法。@の方法によって比較的低い割合でΔmtDNAを有するES細胞が、またAの方法によって様々な割合でΔmtDNAを有するCy4696のクローンが得られた。


<今後の展望>
 今後は新たに樹立したΔmtDNAを低い割合で有するES細胞をマウスへ導入することを試みると同時に、Cy4696のクローニングで得られた細胞株を用いてさらに様々な割合でΔmtDNAを有するES細胞を樹立していきたいと考えている。
また、最終的に病原性点突然変異型mtDNAをマウスに導入することを目指すためには、病原性点突然変異型mtDNAを有するマウス培養細胞の単離が必須である。そのため、マウス繊維芽細胞に突然変異を誘発する様々な薬剤処理を行い、スクリーニングを行っていくことも検討している。