つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

冷温帯におけるアカマツ林とススキ草原の土壌炭素量の比較

石川 眞知子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 及川 武久 (筑波大学 生物科学系)


【背景】
 土壌は大気の約2倍の炭素蓄積能力を持ち陸域生態系のほとんどを覆っているために、地球規模の炭素動態において重要な役割を果たしている。 生態系における土壌炭素蓄積は、植物体地上部リターや植物体地下部による有機炭素の供給と、微生物の有機物分解による二酸化炭素としての炭素の放出といったプロセスによって制御されている。
 これらの土壌炭素蓄積のプロセスは、主に生物的要因と気候的要因に依存することが知られている。 また、植生遷移(植生が時間の経過とともに移り変わっていく現象)によっても変化すると考えられる。 植生遷移過程は草本期と木本期に分けられ、それぞれ数段階ある。 草本期と木本期では植生の構造と機能あるいは微気象的環境が大きく変化するため、草本から木本へ移行する遷移段階の炭素動態は劇的に変化すると考えられる。 しかし、このとき土壌炭素蓄積の動態がどのように変化するのかは十分に理解されてはいない。 その主因としては、従来の炭素動態に関する研究が土地履歴の異なる遷移段階で行われてきたために、一つの遷移系列として比較できなかったことが挙げられる。 植生遷移に伴う変化を明らかにするためには、同じ土地履歴を持つ場所での調査が必要である。
 そこで本研究は、草本から木本へ移行する遷移段階、すなわち草本後期、低木侵入期、高木初期の生態系における炭素動態の変化に着目し、とくに土壌炭素蓄積量における差異を、同じ土地履歴を持つ場所において比較検討することを目的として行った。
 調査地は、筑波大学菅平高原実験センター内に保存されているススキ草原(草本後期)、主にズミ(低木)の侵入がみられるススキ草原(低木侵入期)およびアカマツ林(高木初期)である。 これらは、それぞれ冷温帯の草本後期、低木侵入期および高木初期を代表するものである。 また、低木侵入期のススキ草原と高木初期のアカマツ林は、かつて人為的管理により維持されていたススキ草原を、10数年前と約40年前に人為的管理を中止することで二次遷移を進行させてつくられたものである。 それゆえ、これら3つの遷移段階の生態系は同じ土地履歴を持っていると考えられる。

【方法】
 筑波大学菅平高原実験センター内において、草本後期、低木侵入期および高木初期の土壌を採取した。 土壌は、有機質層を取り除き、エンジン式採土機を用いて無機質土壌層から1mの土壌コア(直径5cm)として採取した。 草本後期5地点、低木侵入期5地点、高木初期16地点、計26地点を等間隔に採取した。 土壌コアは10cmごとに切り分け、植物根や石を取り除いたのち乾燥機に入れ、60℃で3日間乾燥させた。 次にCNアナライザーを用いて、乾燥土壌の土壌炭素含有率及び窒素含有率を測定した。 これらの含有率と土壌の乾重量から炭素量と窒素量を算出した。 さらに、土壌採取時にはその場所の地上部リターを採取しリター量も明らかにした。

【結果・考察】
 いずれの遷移段階においても、土壌が深くなるにつれて炭素含有量は低下した。 これは植物による有機物供給が比較的上層の土壌で行われるためであると考えられた。
 無機質土壌層の表層0cm〜10cmの平均土壌炭素含有率は、高木初期、低木侵入期および草本後期の順に高い値を示し、それぞれ17.9%、17.2%および15.3%であった。 毎年刈り取りが行われているススキ草原では、植物体地上部が系外へ持ち出されるので地上部リターからの有機物供給はほとんどない。 それゆえ草原後期では表層の土壌炭素含有率が低くなったと考えられた。 また、アカマツの地上部リターはススキの地上部リターよりも分解されにくいことが、高木初期で表層の土壌炭素含有率が高くなった原因であると考えられた。 このように、植物体からの地上部リターの供給量および質が、無機質土壌層表層の土壌炭素蓄積量の差異に影響を与えていると考えられた。
 無機質土壌層の上部(A層)は、植物体地下部からの影響を最も強く受ける層である。 A層の土壌炭素率を比較すると、低木侵入期、草原後期および高木初期の順に高い値を示し、それぞれ17.2%、15.9%および11.6%であった。 これは、ススキがアカマツよりもA層内の根量が大きいことによる有機物供給の差異によるものと推察された。
 今後は、植物体地上部および地下部からの土壌への炭素供給量とその質について明らかにする。 さらに土壌炭素量が遷移系列全体でどのように変化するのかを詳細に調査する予定である。