つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

マウスにおける鎖肛発生の分子生物学的解析

石田 圭司 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 杉山 文博 (筑波大学 基礎医学系)


(目的、背景)
鎖肛という先天性疾患は肛門直腸領域におこる奇形の総称である。ヒトでは新生児5000人に1例の頻度でおこるものとされて、ヒト先天性疾患の中でも高頻度で発生が認められている。しかしその発生メカニズムについてはほとんどわかっていない。この発生メカニズムを明らかにすることができれば、予防医学につながるものと期待できる。これまでの研究によりRA(レチノイン酸)投与で鎖肛が誘導されることが分かっている。RAで誘導される鎖肛には、クラリーノ症候群と呼ばれる症例の合併症が起こることが観察されており、RA誘導マウスは鎖肛研究のモデル動物として利用価値が高い。
そこで今研究ではそのRA投与鎖肛誘導マウスを用いて肛門形成にかかわる遺伝子の解析を行った。

(肛門形成について)
 正常な直腸肛門の形成は胎生期の総排泄腔(cloaca)が尿生殖洞と直腸肛門に分割されることによる。その過程についてcloaca plateが重要であると考えられる。正常マウスでは受精後11.0〜11.5日目にdorsal cloaca の上皮の増殖によりcloaca plateが形成され、その後、cloaca plateの誘導により、背側総排泄腔(dorsal cloaca)がtail grooveへ移動する。生殖結節の成長とdorsal cloacaの移動により総排泄腔が分割され、12.0〜12.5日目にアポトーシスでcloaca plateの背側部位が破れ、直腸肛門が体表面に開口するものと考えられる。
このときcloaca plateのアポトーシスと細胞分化に関わる因子として考えられるものとしてshhがあげられる。shhはモルフォゲンとして知られる遺伝子で生物の形づくりにおける軸形成に重要な役割を果たす。shhとshhのレセプターのpatchedは相互作用によりアポトーシスを制御していると考えられる。つまりshhがpatchedに結合している時には、細胞生存に働き、shhが結合していないと、アポトーシスが誘導されるのである。
またshhの下流因子にはHox(形づくりに関わる)やBMP(TGF-βファミリー:細胞増殖に関わる)やFGFファミリー(細胞の分化、増殖に関わる)などがありshhを中心とした遺伝子関係が肛門形成にも関与しているものと考えられる。
 このように形態学方向からも分子遺伝学的方向からも研究を進めて、総合的に理解することが鎖肛の発生メカニズムを知る上で大切となってくる。

(方法)
鎖肛マウスの誘導:鎖肛マウスを作製するため、受精後8.5もしくは9.5日目のICRマウスにRAを60もしくは100r/kg経口投与した。コントロールマウスには生理食塩水を経口投与した。
奇形誘導の確認:マウス胎仔尾芽の発生異常を確認するため、受精後9.5から11.5日目までの胎仔を取り出し、実体顕微鏡下で胎仔全体の形態を観察した。11.5日目の胎仔は生殖隆起がよく見えるように後肢を切除した。直腸・肛門発生を確認するため、RA投与した胎仔とコントロール胎仔は受精後17日目に実体顕微鏡下で観察し、その後固定・包埋し、矢状面にて薄切された。切片はHE(ヘマトキシレン・エオジン)染色を行い組織学的に解析した。
Representational difference analysis (RDA):RA投与後早期に胎仔尾芽において発現が増加もしくは減少する遺伝子は鎖肛発症の原因遺伝子である可能性がある。そこで正常胎仔と鎖肛胎仔の受精後10.5日目の尾芽の組織を採取した後RNAを抽出し、両サンプル間でPCRを基盤としたRDA解析を実施した。

(結果、考察)
実体顕微鏡解析および組織解析により、RAはICRマウス受精後8.5日目に100 mg/kgにて経口投与した場合、高位な鎖肛を誘導させた。またこの胎仔では仙骨奇形や脊髄髄膜瘤も合併しており、クラリーノ症候群を発症させていた。しかしながら9.5日のRA投与においては直腸・肛門奇形は生ずるものの低位な鎖肛の誘導であった。そこでRDAの解析には8.5日目に100 mg/kg経口投与した胎仔とコントロール胎仔の尾芽組織が使用された。
RDA解析はRA投与サンプルをテスターとしてコントロールサンプルをドライバーとして用いた。3回のPCRサブトラクションを行った結果、コントロール胎仔と比較しRA投与胎仔の尾芽組織において発現に増加している思われる遺伝子数種類が増幅された。
今後これら遺伝子をサブクローニングし、塩基配列を決定後、ホモロジー検索を行う予定である。またサブトラクションされた遺伝子はin situ ハイブリダイゼーションによって遺伝子発現の組織局在を同定する予定である。